❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第3章 世の中は九部が十部
「だから…手、繋ぎたい、です……」
(知っている、お前の目がそう語っているからな)
俺に触れたくて触れられずに躊躇う細い指先が、何度か宙を彷徨いかけていた事を、気付かない筈もない。火照った目元を隠しきれず、窺うように見上げて来る様はやはりいじらしい。掴んだ着物の袖を再度引かれ、空(から)の片手を持ち上げると、凪のそれが自然と着物から離れた。指先を絡めて繋ぎ、隣に並ぶ連れ合いへ視線を流す。
「俺もそうしたいと思っていた」
その言葉を耳にし、凪が照れた様子ではにかんだ。幸せそうに表情を綻ばせている様を目にするだけで、胸の奥底が満たされる。俺も大概単純な男だ。廊下の突き当たりを曲がればすぐ。己が発した言葉が少しばかり恨めしい。今生の別れでもあるまいに、また陽が落ちる頃には顔を合わせ、御殿へ帰る事実は何も変わらないにも関わらず、程なくして目的地へ着いてしまう事が、少し惜しいと思ってしまうなど。
調薬室へ着くと、凪は閉ざされていた障子戸を開けて俺へ向き直った。秀吉からの言伝通り、午前までとなった調薬室解放の折の警護担当は、確か慶次だった筈だ。民達が多くやって来る為、待合場を整える必要がある凪は、これからまた忙しなくなる。
「送ってくれてありがとうございました」
「真面目に働く事は感心だが、あまり無理はしない事だ」
「光秀さんもですよ?政宗にも言われてましたけど、しっかりご飯とか食べたり、休憩取ったりしてくださいね」
「善処はするとしよう」
「本当かなあ……」
片手に持っていた薬箱を一度板張りの床へ置き、凪が廊下に立つ俺へと向き直った。生真面目が過ぎて身体を壊さないよう懸念を伝えると、凪は殊のほか真摯な表情で俺を見る。そこまで柔では無いと伝えたところで、この娘は容易に納得しないだろう。俺の曖昧な返答を疑わしそうな相槌で返し、凪が首を傾げる。今朝、髪結いをしてやった長い黒髪が肩から溢れ、簪が小さな音を立てた。