❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第3章 世の中は九部が十部
不要だと言えば無理やり口にねじ込んで来るのがこの男だ。肩を竦めて無言の内に返事をすると、声をかけられた凪が嬉しそうな表情を浮かべた。愛らしく綻ぶ様を見るのは悪くないが、それが他の男に向けられているとなると、少々思うところがある。政宗の片手が自然と凪の頭へ伸びそうになったのを視界に入れ、繋いでいた手を一度解き、そのまま凪の腰へと腕を回した。
「わっ…!?光秀さん!?」
「そろそろ俺達も行くとしよう。政宗、また後でな」
「ああ」
突如引き寄せられた事に凪が些か驚いた声を上げていたが、それを黙殺して政宗へ声をかけると、隻眼を眇めた男が相槌を返して来る。大方、俺が凪の事で反応を示すのが面白いとでも思っているんだろう。持ち上がった口角が、ありありと政宗の感情を伝えて来ている。すれ違うようにして政宗とその場で別れ、再度調薬室に向かい、足を踏み出した。凪の細腰に腕を回したままである事を敢えて触れずにいると、堪えきれずに隣から羞恥のこもった視線が投げられる。
「光秀さん、あの……お城の中でこれはちょっと恥ずかしいです…」
「俺はこれといって気にしないが」
「私は気になります…!」
凪がどんな主張を通そうとして来るかなど、大方予想が出来る。腰を抱くのは駄目で、手を繋ぐのはいいとは、困った娘だ。とはいえ、あまりからかいが過ぎるとご機嫌を損ねてしまう為、にべも無く言葉を返したものの、腕を解いた。この娘の眉尻を下げた困り顔は、いつ見ても飽きない。
(調薬室まではあと僅かだが、ただ送り届けるだけでは味気ないな)
ふと魔が差し、いつもはすくい上げる指先に触れる事なく、そのまま歩き出す。数歩遅れて凪が隣に並んだのを視界の端で確認すると、何処となく物言いたげな黒い眸が向けられている事に気付いた。視線を右往左往させる様は何かを躊躇っているようにも見える。無論、凪が何を言いたいのか、俺が分からない筈もない。