❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第3章 世の中は九部が十部
確か午後からは来客があると耳にしているが、そういったものの対応は秀吉か三成が行う為、俺にはあまり関わりのない事だろう。改めて予定を脳内で反芻した後、髪を梳いていた片手を滑らせ、温かい凪の頬へ触れさせた。
「凪」
小さく声をかけると、頬へ触れた指先で優しく皮膚の表面を撫でる。滑らかな感触を楽しみながらもう一度呼びかければ、やがて閉ざされていた睫毛が微かに震えた。
「………ん、」
「そろそろ起きなければ、支度に割く刻がなくなってしまうぞ」
「んん……光秀さん」
(あまり無防備な声を出してくれるな)
鼻にかかったかすれた寝起きの声が俺の鼓膜を柔く揺らす。穏やかな声色で促し、輪郭をなぞってやると未だ伏せられた睫毛が更にふるりと震えて、重々しく持ち上げられた。淡い桜色の唇から溢れた俺の名は仄かに色めきを帯びていて、ただそれだけで堪らなく愛しさが込み上げる。
「それとも非番を貰い、このまま俺の腕の中で甘やかされているか?」
「……それは、だめ」
(真面目な事だ。そういうところも愛おしいんだが)
本気とも冗談とも取れる俺の言葉を、凪は小さく首を左右に振る事で否定した。ゆるゆると瞼が持ち上げられ、澄んだ漆黒の眸が露わになる。未だ仄かに微睡みを帯びているそれが緩慢に瞬きを繰り返し、俺の姿を認識すると幾分照れを滲ませて凪がはにかんだ。
「おはようございます、光秀さん」
「おはよう、よく眠れていたようだな」
「はい、ぐっすり……って、昨日は光秀さんが…!」
無防備な笑顔を向けられ、輪郭をなぞっていた指先で顎をすくい、そのまま額へ唇を寄せる。唇が触れ合う小さな音を鳴らし、俺が双眸を眇めて告げると、一度は頷きかけた凪がすぐに頬を淡い朱色に染めた。何を言いたいかは分かっているが、そこまで口にしたのならば言わせない手はない。眉尻を下げた困り顔を浮かべ、俺を映す猫目を見つめ返すと、顎にかけていた片手をそっと離す。