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❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国

第2章 武将と五百年後ノープランツアー 後



片腕でジンベイザメを掴みながら、もう片方の手を光秀へ差し出すと、男が瞼を伏せて笑いながらその手を取った。正面へ浮かばせたジンベイザメに掴まり、海水の中で手を繋ぎながら奥へ進む。少し波打ち際から距離を取ったところで、不意に凪が光秀を見上げてくすくす笑う。

「随分とご機嫌だが、どうした」
「光秀さんとこうして遊んでるの、ちょっと今更だけど信じられなくて。乱世ではきっとこんな風に海に入る事もないと思いますし」
「海水浴などという習慣は、五百年前の日の本には存在していないからな。この浜辺を目にした時は、随分と様変わりしたものだと思ったが」

視線を辺りへ巡らせ、光秀が言葉を切る。あちこちからは楽しげな笑い声が響いていて、これが今の日の本────凪が生まれた世である事に光秀は深く感謝の念を抱いた。正直、光秀にとっては海にこうして浸かる事も、単に涼を得る為という認識でしかなく、行為そのものには感慨を抱きはしない。けれど、この他愛無い遊戯で、楽しそうに笑う事が出来る事実を幸福だと思う。

「人が憂い無く笑える世ならば、悪くは無い」

凪が育(はぐく)まれた世が、このような世で良かった。命の危機に怯える事無く、平穏な日常を送れる世で育って良かったと、心から思う。穏やかに微笑して告げた光秀の言葉を耳にし、凪が双眸を見開いた。戦の無い、平和な世。身分など関係無く、個々の尊厳が守られる世。目指す世の行き着く姿を目にした光秀の眼差しは柔らかい。凪は堪らず水の中で繋いでいた手に力をそっと込め、はにかんだ。

「光秀さん、思い出いっぱい作りましょうね」
「…ん?」
「いつでも目指してる世の形を、思い出せるように」

彼女の言葉に、光秀は微かに眸を瞠る。五百年後の世へ、こうして凪と共にやって来た事が、何かの縁だと言うならば。彼女の言う通り、今一度この胸に、いつかの誓いを焼き付ける為なのかもしれない。応えるように繋いだ指先を絡め、軽く引き寄せた。

「あっ、」

ぱしゃ、と軽快な水の音が響き、陽射しで輝く飛沫が上がる。

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