❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第2章 武将と五百年後ノープランツアー 後
やがて隅々までしっかりと空気が入ったフロートタイプの浮き輪の空気栓をしっかりと塞ぎ、凪が完成したものを手にする。
「まさかそれ、鮫…?」
「そう、ジンベイザメ。可愛いでしょ」
空気を入れて完成したのはジンベイザメ型の浮き輪である。ボディが平たいフロート型であり、顔は若干立体というアンバランスな作りのそれは、鮫の顔が思い切りデフォルメされている為、リアリティはまるでない。家康が怪訝に問いかけると、凪が自分の身長よりやや小さめの大きさであるジンベイザメ浮き輪を抱えた。
「鮫の割に間抜けな顔だね」
「本物っぽかったら可愛くないよ」
「別にその間抜け面も可愛くないと思うけど」
書物で目にする鮫とは比較対象にもならない、デフォルメされた鮫を見つめ、家康が淡々と告げる。凪も改めて鮫の顔を見るも、くすくすと何処と無く可笑しそうに笑いながら答えた。この時代の価値観はいまいち良く分からないな、と内心で零した家康が、抱えていた鮫浮き輪を置いて別の浮き輪を膨らませ始めた様を前に、ほんのりと口元を綻ばせる。
(でも、可愛くない鮫を抱えたあんたは、可愛いよ)
音にせず、心の中だけで零したそれを胸の奥底へと秘め、新たに膨らんで行く不可思議な形の浮き輪へ家康は視線を落としたのだった。
──────────────…
「光秀さん、準備出来ましたよ」
「その珍妙なものを持って海に入るのか」
「あると便利なので」
場所取りしてくれていたシート付近で、様々な支度を終えた後、凪が光秀の元までジンベイザメの浮き輪を抱えてやって来る。彼方と佐助を除く全員に言われた事だが、光秀の目にも鮫は奇妙なものに映るらしい。些か不思議そうな眼差しを送る光秀へ笑ってみせた後、白いパーカーを着たままである彼へ凪が目を瞬かせた。
(もしかして、私が見せちゃ駄目って言ったから……?)
海へこれから入るというのに、さすがにパーカーを羽織ったままとはいかないだろう。けれども先程のやり取りの所為で、光秀が自分の言い分を尊重してくれているのかもしれないと考えると、凪が光秀をそっと見上げた。