❁✿✾ 落 花 流 水 小 噺 ✾✿❁︎/イケメン戦国
第1章 武将と五百年後ノープランツアー 前
すれ違い様、ふわりと黒方の薫物の香りがした。二人揃いの香りを感じ、兼続が視線を自然と凪の背へ向ける。その背が迷いなく光秀の傍へ向かったのを、何処か安堵にも似た気持ちで見届けた後、幸村へ声をかけて二人で端へはけて行った。終幕の気配を感じ、秀吉達安土組も二人を残して反対側へはけて行けば、残された光秀へ凪が羽織を渡す。刀を鞘へ収めた後、受け取った羽織をばさりと肩へかける拍子、くるりと観客側へ自然な所作で背を向けた光秀が片手に白い狐面を持ち、それで顔を隠しながら再び振り返った。
「例え日の本中の人間に化け狐と呼ばれようとも、後の世で裏切り者と罵られようとも、お前と共に在る為ならば、俺はどこまでも化かしきって見せるとしよう」
狐面で顔を隠した光秀が告げ、凪の腰をくいと片腕で優しく抱き寄せる。驚いて顔を上げた彼女の唇へ、面越しに口付ける素振りを見せたと同時、どっと辺りが歓声に湧いた。びくりと驚く凪の腰を未だに抱き寄せながら優雅な礼の姿勢を取る光秀と、見事な殺陣を披露した面々に拍手が贈られる。佐助と彼方が持つ籠の中へ投げ銭が次々に入れられていく音や歓声を聞きながら、凪は先程告げられた言葉を反芻していた。
(……後の世で、裏切り者と罵られようとも…)
それはきっと光秀の本心なのだろう。誰にどんな誤解を受けようとも、自らの信念だけは決して曲げない光秀だから、凪は彼を支えて、役に立ちたいと心から思った。ならばせめて、自分だけは。
「私は、ちゃんと分かってますからね」
凪がこそりと囁くように告げると、光秀が狐面の影で微笑する。彼女が口にした、その答えすら知っていると言わんばかりに光秀は瞼を伏せ、身体の影となる見えない位置で、二人はそっとその手を絡めたのだった。