第7章 長夢
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熱に魘されて、幾度となく額の手拭いを替える。
私と同じようにあったはずの痣はなく
冷えきっていた体に触れてその理由が解った気がした。
千鶴は栄養状態もよくなく、余程体に鞭を打って、あの場にとどまっていたのだろう。
弟とおぼしき男が言っていたように。
布団に入ってから暖かくなった反動か熱が出始める。
医者に見せることもできず今に至るが、まだ余談を許さぬ状況が続いた。
重湯を口に入れてやる。
咳き込みがひどく口で流し込む。
コクと喉が動くのを確認すると、口元を指の腹で拭い
その表情が一瞬緩むのを見た。
「辛いだろう…。こんなにも魘されて…」
未だ吹雪く外の方を眺めれば、遠いあの日を思い出す。
雪の上に椿の如く散った血液を追って、息絶えそうな女をみつけた日の事を。
くっと絞まる胸元が、気を抜いてしまえば過呼吸を呼び起こしそうなほど。
深く息を吸い、一息吐くと千鶴の火照る頬を撫でた。
「早く目を覚ませ…。辛そうな様子ばかり見ていては堪える…」
答えはない。
ただ、荒い息で胸が上下するだけ。
耳に入る音はただ、炭の弾ける音と吹き荒れる風、千鶴の荒い息のみ。
不安と焦り、恐怖。
鮮明に脳裏に焼き付いたあの日の情景と感触が
昔、人だった頃のような感覚のまま鮮明に胸を抉る。
もう二度と見たくもない
遭遇したくもない
目の前のこの魂が消え失せる瞬間を…。
「目を覚ませ」
何度呟いたか解らぬ言葉は、聞こえてか
目蓋がわずかに動いて
要らぬ期待にただすがるしかなかった。