第7章 長夢
再び開いた双眼が私をとらえる。
不思議そうに私の顔を見上げる千鶴。
その手が頬に触れて気付く己の涙。
千鶴は驚き、そして慌てた。
「師範……いえ、巌勝様…どうして…泣いて…」
「何でもない…。大事ないか?」
「体が凄く熱いのです…。フラフラして…
わたし、どうしてここに…」
確信に変わった。
朦朧とする意識の中で千鶴は記憶だけが”あの頃”に戻ってしまっている。
「何も…覚えていないと…」
「…はい」
「ならば、知らずともよい…」
「どうして…」
「…」
己にとって都合がいいからなど、身勝手な理由など言えない。
心配するかのように見上げるその曇りなき視線が痛い。
このまま、人の頃なら、あの雪の日の続きならばどれほど良いか…。
「巌勝様…」
「その名で…呼んでくれるな…」
あの日の感情が、その名で、その声で呼ばれるたびに、囚われた籠の中から飛び立とうと暴れるようだ。
弱る姿など、見せるは武士の恥。
男の恥だと
そのようなことをわかっているからこそ
抑えきれそうにもない涙の崩壊を、天井を仰いで誤魔化す。
誤魔化して部屋を出ようとも考えたが、体が縛り付けられたようにそこから離れられない。
「巌勝様?どうなされたので…っ」
「黙れぇっ!!」
「…っ!」
抑えきれぬ衝動に駆られ、気が付けば
虚哭神去を鞘のまま、千鶴の耳横の床に突き立てた。
「己の身勝手な正義感で…!!
その命を何故に他人にのみに掛けるのだ…っ!!」
「…」
「その…声で……その名で私を呼ぶな…!」
驚いた様子が次第に、じわじわと涙が溢れてくる。
それでも抑えきれない胸の内の咆哮が…怒りと混ざって痺れをもたらす。
赤い頬におちる水滴が己の涙と気づいても、せき止めていたものが決壊すれば、止める術などない。
「申し訳…ございません…」
千鶴の声が震えて、言葉を紡ぐ。
ザワザワと胸の奥が騒がしい。
奥歯がギシギシと力が入る。
苦しい…
ぞわぞわと憎悪が混じりドクドクと脈が上がる。
己の顔が鬼になるのがわかる。
目の前の顔が驚きの表情に悲壮を帯びた。