第6章 夢遊病
悲鳴嶼は、無表情の温度のない対応を感じ取っていた。
”何かを隠しているかもしれない”
勘がそれを訴えるが確証がなかった。
必要以上に物を語らない彼女は、この大きな屋敷に使用人も雇わず、あまり帰らぬ父親を待っているという。
それは本当にそうなのだろう。
ただ、先日訪れた時に渡したはずの藤の香だけは焚いた形跡を感じられないことが引っ掛かったのだ。
「また、来よう。茶、かたじけない」
「いえ。お怪我しませんよう、ご武運をお祈りいたします」
「うむ…」
この家の周辺に、明らかに鬼の気配がする。
年頃の娘を襲う鬼が多いというのに、藤の香を焚かぬこの娘を襲うことはないのだ。
だからと言って、強い理性の利く鬼が虎視眈々と娘を狙い襲う可能性がある限り、この地をおろそかにすることはできない。
しばらくはまだ、ここに通うことが続くだろうと思うと同時にそれを想うとどこか胸の奥が暖かくなる。
だけど、気づかぬまま、ここを訪れることがなくなればいいと思った。
屋敷を出れば、重たい雲が空を覆う。
いつもより冷えている空気と強い風に思わず身をこわばらせた。
しばらく彼女の家を訪れることはできないだろう。
「何も、起きなければいいのだが…」
明らかに一般隊士が太刀打ちできない鬼がうろついている。
被害一つないのが救いだが、不可解だ。
どこかで、数え歌が聞こえる。
世間はもうすぐ年の暮れ。
脳裏に霞む過去の残夢を思い起こしては
再びしずかにその記憶の戸を閉じた。