第5章 秋影に時雨る心、声は見えぬ漣となりて
亮十郎は姉と離れてからは、そのまま帰ることが出来ず、母の墓参りをして暗くなる街を宛もなく歩いた。
街の明かりがいつもよりぼんやり見える。
雑踏が今は心の雑音を消して、さらけ出された心に刺さってくるような気分だ。
静かなところにいても、無力感からいつものようにしゃんとできない。
心、ここにあらず。
ただ現実に戻り、元の家のことを忘れる方が何よりも楽になれるはずなのだ。
しかし、そこに戻ってしまえば本当に姉に対して本当に何もできなくなるような気がしてならなかった。
重い足を引きずり、己の師の家に帰ることが出来ない中、
ふと、幼いころに姉と遊んだ廃神社へと足が向く。
暗くなれば鬼が出ると言われたのに、今は何も怖いと思わない。
空は最後の茜が雲をわずかに染めて、肌寒い空気が侘しさを募らせてくる。
祠を見ていると、懐かしさから心が少し穏やかになれる気がした。
自然と両手を合わせ、目を閉じる。
風が冷たく耳に触れるのを感じた。
「父上…、姉上を元に戻して差し上げてください…。
こんな俺より、姉上を一番に大切にしてこられたではありませんか…」
手を合わせて、ぽつりぽつりと物を申してみる。
こうしていても、何もことが変わらない。
見守るだけの神々は、いつも手助けはしてくれない。
人の心を動かすことなぞ出来ることではない。
そうせざるを得なかったし、他に方法は思いつかなかった。
ただ、無心に手を合わせ時を忘れ、長い事祈りを続けていた。
突如、強い風が己が身を揺らして、驚き、肩をすくめた。
ちりん…
ちりん…
ちりん…
一つ一つの鈴の音がどことなく聞こえてきては、辺りの空気が暗くまがまがしさを伴う。
これは目を開けたらいけないものだ。
ひょっとしたら神様が化けた物の怪かもしれないとも思った。