第4章 その女、現か幻か
投げつけられたものは塩だった。狂ったように叫ぶ女の声。
悲鳴嶼は、質屋の女のような一般の人間には、先ほどの現象は恐れても仕方のない事だと言葉を飲み込んだ。
無意識に細い腕を握りしめる力が強くなる。先ほどまで、どこか悲し気なこちらの女は、恐らく心を病んでいるのだ。一刻も早くこのような場所から出さねばと歩幅も歩く速度も速くなった。
途中でそれに気づくが、女は項垂れてはいるものの、息を切らさずついて来ている。
それでも女の心を想えば酷な気がして、歩調を緩めた。
「申し訳ございません。妙なことに巻き込んでしまいました。」
少し開けたところまでくると、女は落ち着いたのか、話しを切り出してきた。
「構わん。その様子だと、今の出来事を理解できていないのだろう。」
「はい。」
悲鳴嶼は見えないながらにも人知を超えた出来事が起こったことは充分理解していた。自身も驚いたくらいで、いろいろ聞きたいことが湧いたが、女に対しそれを聞いていい状態にない。
言葉を慎重に選びながら、一つ一つ尋ねた。
「その刀は今までどういったものだった。」
「経緯は解りませんが、何代も前から我が家に受け継がれてきた刀です。」
「何年前からだ。おおよそでいい。」
「解りません。恐らく100年以上は経っているものと...。」
女は静かに淡々と聞かれた事だけを話した。
「その刀、お前が持ってから日光の気配や匂いが強くなった。
それは日輪刀ではないのか。」
「わたしは、そこまで存じ上げません。それに、うちは武士の家系ではなく、芸事の家系です。」
悲鳴嶼は押し黙って考える。彼女が抱えるものは間違いなく日輪刀であろう。そして、年季の入ったそれは、どういうわけか何らかの力か念を持ちながら長い期間受け継がれてきた。
そして今、その刀が、この女を選んだのだ。
もう一つ。彼女は鬼殺の剣士が必須としている全集中常中ができているのだ。自然にそれが出来ているのならば恐らくは生まれつきなのだろう。
才能に満ち溢れているこの女こそ、こちらに勧誘すべきなのは従事する鬼殺隊の当主であられる”御館様”が望まれることであろう。
しかしながら、血濡れた道に何も知らぬ一般人であるこの女を引きずり込んで良いものか考えあぐねいていた。