第4章 その女、現か幻か
「瞳孔がくすんでいらっしゃいますが、盲目でいらっしゃるのですか?」
柔らかい口調と、ふわふわとした声が聴覚をくすぐる。
今まで盲目といっても信じてもらえなかった自分に対し、視覚の助けになるものを何も持たず立っているにもかかわらずそのような事を聞かれたことはなかった。
思ってもみない質問に戸惑っていると、くすっと目の前にいる女が笑った。
「焦点も少しばかり合っていないと申しますか、瞳がこちらをしっかりとらえていらっしゃらないようなので。」
今まで消えそうなほど哀しみを帯びていた女が少しばかり笑ったことに、悲鳴嶼は少しだけ胸をなでおろした。
「あぁ。私には何も見えていない。だが、機会あって体を鍛えていたことと、幼い頃よりその他の感覚が育ったこともあって、今は不便なく過ごせている。」
「そうでしたか。」
先ほどまで鬼を追って走っていたというのに、この女に気を取られてしまうどころか、何の疑念をも持たせず自らの事を話してしまう。
普段、警戒心や猜疑心が強いこの男からしてみれば、それは限りなく異例な事。
自白剤にもかかったかのような、しかしそれでも抜けられぬ心地よさの麻薬にでもかがされているのか。
頭の隅でそのような事を思っていても、そこから抜け出そうとも思わない不思議な感覚を感じていた。
「あんなに危ないところでなぜ笛を」
気配で感じていたのは、女の前に壁などはなく、月明かりを受けて陰る姿だった。
「幼い頃より、あの場所が思いのままに笛を吹ける場所でしたので。」
女が再び自分の立っていた屋根上を見上げたのを感じる。
声、気、感覚で感じるのは、この女が自分より年下であるがそこまで歳も離れてもいないということ。
それに、どこか己の深い部分も見られているような不思議な感覚。
特異体質を活かして鬼殺隊に入るものが多い中では初めて感じる感覚である。
「どうされましたか?」
「あ、いや....」
会ったばかりの人間に聞くのは野暮だ。
そう思い留まり、いつの間にか話し込みすぎていたことに気づき立ち去ろうかと考えていた。
草履が砂を蹴る音が彼女と違う方向から近づいてくる。
怒りと恐怖に理性を欠いた気配とともに