第4章 その女、現か幻か
悲鳴嶼はその女の奏でる笛の音色に耳を傾けた。
今まで殺気立ち高ぶっていた気持ちがじわりと凪になり、聞こえてくる音から感じさせる侘しさが、何故か心を締め付けてくる。
目で確認する事が出来ないことがどんなに惜しい事か。その笛の音を奏でる者が何者であるか、この目で見たいと思ったほどだった。
縫われたように、そこから離れることも動くこともできない。自らも笛を嗜む故に、その技量は高い事がわかる。
ただ、なぜこんなにも悲しい音色を奏でるのか。
こちらにも気づく様子がない彼女に声もかけることが出来きぬまま。気づけば、鬼を探すことも思考から消え失せて、ずっと彼女を見上げ笛の音色を聞いていた。
第六感で感じる彼女に息を呑み、見えないはずの視線を向けた。
今にも消えそうな儚さ、脆さ。
この華やかな街に溶けては消えるようなそれが、彼女の人間らしさを消して、幻を見ているのか、自分が夢の中にいるような錯覚をももたらす。
同じ曲を何度か吹き終えて、漸く視線を向けられていることに気付いた彼女がゆっくりと悲鳴嶼の方を向いた。
それを感じ取り、ハッと我に返った悲鳴嶼は咄嗟に「すまない」と見入っていた事を詫びる。
「尋ねるが、ここ付近で不審な生き物を見たり、噂で聞いてはいないだろうか。」
暫く、女は黙ってこちらを見ていたが、「お待ちください。」
といって、屋根から降りてきた。
「ここ辺りでは、毎日たくさんの事が起きます。どれが不審な事で、どれが変わったのかなどとの線引きが難しいところです。」
初めて聞いた女の声は、先ほどの笛の音色のように、どこか哀しみを纏う美しい声だった。
「言い方を変える。ここらで鬼の話を聞いたことがあれば教えて欲しい。」
「鬼なら、人の心にずっとおります。弱い心に戦う術のない者は、鬼のような所業をするようになるでしょう。ここは、そのような考えをもち、人のそのような移ろいを芸術として美しいと思う者の集まりです。」
彼女の視線はこちらにはなく、どこか遠くを思い、俯いているように思った。
悲鳴嶼が言う鬼は人食い鬼として滅ぼさなければならない者。その話に行きつかないということは、彼女がそれに出くわしたことがない事であるという考えに行きつき、その話をそっと切り上げた。