第4章 その女、現か幻か
強い鬼の気配がして、導かれるように走り抜ける男が一人いる。
大柄で鍛え抜かれた体躯で均等性が取れているが、彼の背に隠し抱える武具は並大抵の人間には扱える品物ではない程に大きい。
首には数珠。人をも殺しかねる程の殺気を立てているこの男は、名を悲鳴嶼行冥という。
今までに感じたことのない強力な鬼の気配。もしや、上弦では
と強敵の気配に今までにないほどの緊張感を持って駆け抜ける。
だが、強い気配がしたのはほんの数十秒といったところで突然吹き荒れた木枯らしとともに鬼没した。
「このような事、ここ辺りでよく聞くというのに死人や被害をほとんど聞かない。摩訶不思議...。確かに絶佳の報告通り、今、これまでにないほどに強い鬼を感じたのだが。」
両脇を塀で挟んだ道。気配を探るように辺りを見渡す。
絶佳と呼ばれる彼の鎹鴉が羽音を立てて彼の肩に止まった。
「気配消エタ。住民ノ被害ナシ。被害ナシ。」
「ご苦労。」
実は夏が始まる頃から、他の鬼を狩りに行った隊士がここ近辺で頻繁に凄まじいほどの鬼の気配がするが、正体が掴めないとの報告を受けていた。
その頃から任務があってはここを訪れてみるが、その強い気配を纏う鬼の姿を誰も見たことは無かった。
ここは役者や武芸者が住まう街。
その報告以前にも、20年近く前から人ではない気を纏った何者かがいるという話を都市伝説のように語らう者もいた。
悲鳴嶼は、この街に住まう何者かが鬼である事を隠しながら人間に溶け込むようにして姿を隠しているのではないかという予測を立てていた。
そうせざるを得ない程に住民から確定的な証言を得られず、実態もなかなかつかめずにいたのだった。
まだ、月が煌々と高く昇っていく刻限。
気を緩めることなく、小さな鬼の気配すら逃さぬよう街を歩き回っていた。
暫く、微かな鬼の気配を辿り歩いた先。
冷たい夜風に吹かれて、笛の音が聞こえた気がした。
笛を吹く者の正体が鬼なのではないかと感じた悲鳴嶼は、進む方角を東へと変えて駆け出した。
”何としてでも、被害が出る前にこの手で仕留めねば”
その一心で走り抜けるも、鬼の気配は強くなることはなく、
見えてきたのは屋根上に佇んで笛を吹く女の気配だった。