第3章 痣の人
喪中の提灯が、娘の家を照らしたあの日も
私は娘の家の近くでそれを見ていた。
初めは、千鶴ではないかと焦ったが、亡くなったのが彼女の母親だと知り、安堵と、安堵と真逆の不穏が共存した。
千鶴ならば、もっと話したかった。触れたかったと思ったであろう。反面、このまま私の存在に気づくこともなく、無惨様に仕える最強の鬼としてのあるべき姿を揺るがされる恐れが胸の内を黒く染め上げる事もなかった。
彼女が生きているということはそれらの思いと真逆の期待と不穏が膨らみ己を苦しめることがありうるという事。
できれば、このまま彼女が幸せに生きて、己の出る幕がなければいい。そう願った。
その願いもむなしく、松橋家は衰退した。
父親が心を病んだからだ。
娘やその弟に手を上げて、更には門下生や同業者にも当たり散らし、酒に溺れては、暴力をふるい.......
全てを守ろうとした千鶴が一番の被害者だ。
美しい容姿である彼女の原型が分からなくなるほどに顔を腫らしている日もあった。
父親を葬ることもできたがそれが出来なかったのも、彼女がそれでも献身的に家を支え、父親が立ち直る事を前向きに信じているのが痛いほどに分かったからだった。
弟を新しい親方に奉公に出し道を切り開いてやり、門下生にも代理のまま献身的に稽古をし、使用人への気配りもこなしながら、人前では決して笑顔を絶やさない。
痛々しいながらも手を出せなかったのは、私が葬り去ってしまっては、それこそ彼女を壊してしまうと分かっていたから。
だからといって、このままにしておけぬと思っていたところ、私を誘うように、久方ぶりの娘の笛の音を聞いたのだ。
胸が締め付けられるほどの彼女の想いが、己の身をも突き動かしてしまうほどに、強いものであった。
彼女は私を受け入れた。
何の疑いもなく。迷いもなく。
それほどまでに
彼女の心が救いを求めているのならば
その救いを与えるのが私でよいならば
この身を焼いてしまってでも傍にいたい。
しかしながらそれは己の身勝手で、あの方は決して許してはくださらぬ。
結局は独りよがりになってしまおうとも
もう留まる事も引き返してしまうことが出来ぬほど
我が魂が本能的に求めてしまうほどに
この娘への想いが膨れ上がっていた。