第3章 痣の人
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わたしが笛を吹いている間、黒死牟様は同じく月を見上げておられ、何かを心に決めたような強い目をしておりました。
ずっと見守られていたような気がする。
わたしが気付くずっと前から。
わたしが崖から落ちたあの日、恐らく助けてくださったのはこの方だ。
でも、お礼を言えずにいるのは、脳裏に引っかかる何かが確定に変わってしまうことを恐れているからかもしれない。
どこの誰でもいいわけでもないのに
心の奥底で求めていた何かを埋めてくれるような暖かさをこの人から感じるから、このまま縋ってしまいたいって思ってる。
この人ならわたしの逃げていい場所をもってる。
そこに逃げてしまうのが怖いはずなのに、こんなにも居心地がいい。
それは、やめる事なんて不可能だとされるアヘンとも似たような危険なにおいも纏う甘い香りで、心を離してくれそうもない。
心を体現するように笛の音が夜空に溶けて消えていく。
曲が終われば、一筋の涙が頬を伝って落ちていった。
ゆっくりと
あたたかいその感触を心に残すように。
「また、悲しいことがあれば、私を呼べ.......。
笛でも良い。名前でも良い。
私は常に、千鶴の声に耳を傾けよう.......」
その言葉を残して
黒死牟様は姿を消した。
耳を秋の風がさらさらと音を立てて、冷たく過ぎていく夜の事だった。