第2章 本編 第3章 天命、再びと第4章 一宿一飯の間幕
先刻の部屋へ戻り、紙に筆を走らせようとした福沢だったが、突如、布団が吹っ飛んだ(駄洒落ではなく、本当に)ために、普段、冷静沈着で簡単には表情を変えることの無い彼も、流石に目を丸くさせる
そして、同時に視界に入って来たのは顔を歪める猫の姿だーー
其れは先日、目にしたあの"二又の猫"に善く似ていると福沢は思った
しかし、福沢の鼓膜を揺らしたのは辛そうな、悲しげな鳴き声ーー
その声に福沢は我へと返る
何かにうなされている様に感じた福沢は猫の方へ歩を進めた
「徳冨、」
徐に傍へと寄り、屈んだ福沢はこの部屋を貸した人物の名を呼ぶ
しかし、それは何の戸惑いも、迷いもなく紡がれた名であった
理由は福沢の鼻腔を掠める香りが先日と同様だったから
ーーそれは福沢にとって、この猫が徳冨であると確信するに十分な根拠であった