第9章 本編 第16章 文豪ストレイドッグ
「あの子達……とは、一体誰のことだ」
男は青年に尋ねたが、それ以降再び静寂がこの場を支配する
そんな青年に男は急かすことなく、暫し言葉を待ったが……矢張、問いに答えない彼に男は徐に小さく息を吐き出して言葉を紡いだ
「とりあえず、立て……こんな処でいつまでも座っていては風邪を……」
男は青年を起こそうと手を伸ばし、彼に近づいたその時ーー
漂ってきたのは……
ーー"ワインロゼ"の香りであった
男の鼓動が大きく脈を打った
そして、其処から香ってくる先ーー座り込んでいる青年よりも先へと男は視線を向けた
この、香りはーー
"忘れるわけがない……忘れられる、筈がない……"
「ーー徳冨……健、次郎……」
反射的に頭を過ったが、既に居ない人物の名を口にして、其方へと視線を向け、息をのんだ男が導き出したひとつの答えが漸く先刻からの青年の言動の真意を理解させることとなった
「真逆……」
小さく呟いた男は青年へと視線を向けた、すると、彼は顔をうつむかせたまま、小さく頷いた
それに確信を得た男は再び、先刻青年が見つめた先へと視線を向けると勝手に動いて行く足が歩を進めさせた
「でもっ……! あの子は……っ!」
男が少し歩を進めた先で突如、背後で声を張り上げて発せられた、青年の言葉に彼は足を止めた
「あの子は、もう……っ!」
悲しみに浸る声、苦しそうに歪む青年の表情ーー彼の言動に目を見張らせた男の足を、彼は止められなかった