第9章 本編 第16章 文豪ストレイドッグ
「大きくなったな……蘆花、」
織田は徳冨の頭を撫で続けながら言葉を紡ぐ
「お前と出会った頃は、俺も、お前も……お互い小さかったのにな、」
それは徳冨と出会った頃を思い出しているかのように、目を細め、懐かしむように徐にーー
しかし、織田は徳冨を撫でる手を徐に止めて、小さく呟く
「蘆花……お前は"あの時" 俺の傍に来るべきではなかった……」
それは、何処か後悔をしているような……小さな声であった
それと共に織田は椅子を移動させて、医務室に備え付けられてあった小さなテーブルと向かい合う
「お前には、既に……居場所があったのだから、」
そして、いつか、小説を書くために購入しておいた原稿用紙を置くと共に筆を手に取る
「でも、あの時は俺も、お前を手放したくなかった……俺には、そんな選択肢はなかった」
織田は語り掛けるように、筆を走らせる、そして、眠っている徳冨の方へ視線を向けると言葉を発した
ーーだが、今なら……今ならば、判る
お前には、此処ではない……行くべき処がある
"お前にしか、救済出来ない人間が、お前が救済すべき人間が居るーー"
「だから、俺にでは無く、その者の為に……これからの人生を使え、」
そうすれば、きっと……徳冨も、自分を救済出来る
あの時から、止まった時間を……巻き戻すようにーー
「……身勝手な俺で、すまない……蘆花、」
織田は文字をしたためた原稿用紙を無くさないようにズボンのポケットに押し込むように突っ込み、腰を掛けていた椅子から立ち上がる
そして、織田は徐に歩を進めた
織田は扉の前へ来て、此処へ来た時と同様にドアノブに手を掛ける前にゆっくりと病室で眠る徳冨の方へ振り返る
「……今まで、俺についてきてくれて、俺の相棒になってくれて……有難うな、蘆花……」
織田は徳冨に背を向けた
「元気でな、」
そして、織田はゆっくりとドアノブに手を掛けて扉を開いた
「蘆花……」
織田は徳冨の名を呟くと共に顔だけを彼の方へと向けた
「俺は、お前をーー」
最期に徳冨に遺した織田の言葉は、想いはーー軋んだ扉の音に掻き消されていった