第4章 体育祭、それぞれの準備
俺はまだスタートラインに立ったばかりで、何者にもなれちゃいねえ。
それなのにアザミさんの目に留まって欲しいだなんて。おこがましいにも程がある。
(それに、例え俺が“強個性”だったとしても…)
アザミさんの目に留まる事はないだろう。
彼女が紅頼雄斗をカッコいいと言う理由は俺と同じ“彼の心の在り方”であり、個性は関係なかったのだから。
(俺がアザミさんに惹かれるのは、きっと…)
そうゆう、ところなのだろう。
「―――――ッ!
悪ィ!あげらんねーわっ」
「に"ゃっ?!」
切島は慌てて猫に差し出していたアザミから貰った駄菓子を引っ込める。
(そうだ!簡単にあげていいモノじゃねえ!)
まだ名前のないこの想いは、俺の憧れの先にある。
決めるのは今じゃねえんだ。もっと大事にしなきゃいけないモノだったんだ。
アザミさんの眼中に入れてもらうんじゃない。自ら入りに行くんだ。チャンスは己の手で掴み取るもんだ。
自分のやるべき事がわかった途端、心の黒い靄がスゥーと消えていく。薄暗かった室内が明るくなった気がした。
「にゃぁぁんッ」
「うおっ!ホント悪かったよ!」
猫が恨めしそうに抗議の声を上げる。
この気持ちを手放さなくて良いと解ったら、アザミから貰った駄菓子でさえ大切にしたいと思った。
「ごめんな。
簡単に渡せねー…、渡せなかったんだ」
「にゃ?」
猫にしてみれば「猫に何言ってんだ、この人間は」と思っているだろう。いや、それより「食べ物よこせ」だろう、きっと。
「大切にしたい気持ちが……
大切にしたい人が、出来そうなんだ」
皆、どうして人語を話せない猫に語りかけてしまうのだろう。
返事がないと解っていながらも、自分の中でどうしようもなく溢れ出るこの気持ちを誰かに聞いてほしくて。言葉にしてなんとか形にしたくて。きっと吐露してしまうんだ。
「今度、ちゃんとした猫用オヤツやるからよ!
な?……許してくれよ」
「う"…にゃーん」
猫は不服そうな鳴き声をひとつ残し、窓から立ち去って行った。
「あ!行っちまった…
よしっ!もう一丁筋トレすっか!!」
夕日に差しかかる強い日差しが、切島を眩しく照らす。彼にもう迷いはなかった。
体育祭まで、あと6日。