第5章 何でも屋
阿近が帰ったあと、胸に閊えるモヤモヤを意識しないように仕事に打ち込んだ。
休憩どころか水分補給すらも忘れて書類を捌いていると、執務室の扉をノックする音がして意識を現実に引き戻された。
「っ、はーい?」
「ごめんごめん、僕。京楽。今入っても大丈夫ー?」
「うん、大丈夫!」
「お疲れ様〜、千早ちゃん。
定時過ぎたけどお仕事の具合どう?順調?」
「お疲れ様です。仕事は順調だと思う。もうそんな時間か……」
「もしかしてまた時間忘れて仕事してたでしょ。最後に休憩とったのいつ?」
京楽さんから流れるオーラがピリッとする。
この雰囲気は昔から苦手だった。
何も悪いことをしてないのになんだか責められてる気分になる。
「そ、それより今日はどこに行くの?」
「千早ちゃーん?僕の質問にちゃんと答えよっか。はぐらかすのは良くないよ〜」
「う……」
「おい京楽、そんなに問い詰めることでも無いだろ。
仕事に集中して悪いことなんてない。
千早も次から気をつければ良いさ」
「あ、浮竹さん。お疲れ様です」
「あぁ。お疲れ様」
京楽さんの影になっていて見えなかったけど、そこには浮竹さんも居たらしくフォローをしてくれた。
昔からこの関係性は変わりない。
京楽さんが叱り、浮竹さんがそれを庇ってくれる。
2人とも良い大人だから頭ごなしに怒ることはせず、順序だててきちんと何が良くなかったのか私が納得するまで話してくれていた。
「せっかくの飲みなんだし暗い空気にはしたくないだろう?」
「今日は2人と飲むの?」
「うん、その予定だよ。
他の若い子も誘ったんだけど、今皆仕事が忙しいらしくてね〜、浮竹しか捕まらなかった」
「おい、人を暇人みたいに言うな」
京楽さんは公私の切り替えが早い。
さっきまでの雰囲気はもう既になく、いつもの柔らかい雰囲気になっている。
「久々に3人だし、どっか料亭に行く?個室取ろっか。
千早ちゃん何か食べたいものある?」
「あ、えっと……」
「なんでも良いよ。何が良い?」
「魚介系が食べたいです」
「おっけ〜、じゃあお寿司にしよっか」
その後あっという間に京楽さんが予約を取ってくれて、そのままスムーズに個室に入ることが出来た。
こういうところを見ると、大人としての風格が違うと思い知らされる。