第9章 本格始動
「別に怒ってねぇから、んな顔すんな」
「だって……」
「子供がデキて、辛い思いや痛い思いをすんのは俺じゃねぇ。
千早なんだよ。
お前のことだから1人で抱え込むだろ、1人でなんとかしようとするだろ。
俺はそんなことさせたくない。
だからきちんと2人のタイミングが揃うまで待てるか?」
「うん。ごめんね」
私の一時の感情なんかよりも、阿近はずっと冷静で先々のことまで深く考えてくれている。
なんて浅はかな行動だったのだろう、と先刻の自分の行動を後悔する。
「分かったんなら謝んな。気に病むな」
「ごめんなさい……」
「謝んなっつったろ。分かってねぇならもう1回身体に教え込むぞ」
*****
しばらくそのままのんびり過ごして、少し遅めの夕食を食べた。
献立は阿近のリクエストに応じてお鍋。
〆の雑炊も美味しかった。
「千早は明日休みか?」
「うん、そう。阿近は出勤だよね?」
「まぁな。中々休み合わねぇな」
「そうだね。まぁでも今は色々とバタついてるし、休日出勤も多いけどもう少ししたらまた状況も変わって来るんじゃないかな」
「だと良いな」
食後に、縁側で月を見ながら煙草を吸う阿近の背中に声を掛ける。
まだ時期的には少し寒いけど、でも月が綺麗だ。
確かに外を眺めたくなる。
「……千早」
身体が冷えてはいけないと膝掛けを渡そうとしていると不意に名前を呼ばれた。
その低く落ち着いた声で呼ばれるのが好きだ。
たった一言で私の心を暖かくする。
「どうしたの?」
「少しで良い。隣座れよ」
「でも膝掛け……」
「一緒に使や良いだろ」
2つに畳まれていた膝掛けを広げ、阿近と2人で掛ける。
なんかこういうの、良いな。
「やっぱり綺麗だな。この髪。月明かりによく映える」
髪をひと房掬われて、手櫛で何度か梳かれる。
阿近は私のこの珍しい髪色や瞳を怖がったり、奇異の目で見ることはない。
その感覚が心地良い。
髪を全て軽く束ねるとくるりと上の方で纏められる。
何をするのかと様子を見ていると懐から取り出した何かを私の纏めた髪に差し込んだ。
シャランと小さな音が鳴る。