【場地圭介】ペットショップの店員にパンツ見られました
第9章 私と圭介と不協和音と
「圭介さんね、スゴいんですよ」
何が? と自分から訊けはしないし、ナニがとも言わない菅野さん。そんな彼女の話をこれ以上話を聞きたくなくて、逃げるようにロッカールームを飛び出した。
それからと言うもの、今日の仕事はずっと上の空。体が覚えているからか、手は動いているものの頭はぼーっとしていて……。いつもなら弾むお客さんとの会話も生返事ばかりしてしまい、体調が悪いのかと心配までされる始末。自然と溢れるため息を誰か止めてくれないかな……。
「あ。先輩お疲れさまですぅ」
「ありがと」
「それより何かすいません……」
「え? 何が?」
「私、余計なこと言っちゃったかなぁと思って」
しゅんと俯く菅野さんは小動物のよう。庇護欲が湧くってこういう感覚のこと言うんだろうなあ……私に足りないものはこれかもしれない。もう今さらどうにもできないし、できる気もしないけれど。
「大丈夫。気にしないで」
「せんぱぁい……! ありがとうございます!」
「じゃあ、お先ね」
「はい、お疲れさまでしたぁ」
ふりふりと可愛らしく手を振る菅野さんに手を軽く上げて挨拶し、お店の外へと出る──つもりだった。ガラス扉越しに見えた圭介の姿が見えるまでは。
お店の中は暖房がかかっているはずなのに、爪先から頭のてっぺんまでひどく寒くて冷たくなったような感覚に襲われる。……もしかして、また菅野さんのことを待っているのかな。一度そう思ってしまうと、針で刺されたようなチクチクとした痛みが私の胸を襲う。
裏口から出よう。そう思うと同時に、こちらを向いた圭介と目が合ってしまった。「お」とでも言うように少しだけ目を見開いた彼は、その顔をすぐに破綻させて笑顔で私に手を振ってくる。ああ……なんてタイミングが悪いのかしら。
いつもなら浮き足立つそれも、今日ばかりは沼にはまってしまったかのように一歩が重たい。