第8章 誕生日祝い
こうなれば背中の痛みをいちいち気にしてもいられなかった。急いで粉を計っては混ぜ、材料を入れては混ぜ、同時にかまどの用意も整える。これが一番時間がかかった。温まるのを待つ間にお風呂の準備もする。そして千寿郎さんの手伝いも。私は気付けは家中を駆け回っていた。
「姉上、鍋を見ていてもらえますか?お祝いのこと、一応父上にも声をかけてきます。」
「分かりました。私が変わりに行っても良いですが大丈夫ですか?」
千寿郎さんは少し悩んでから大丈夫ですと言って、お父上様の部屋へ向かわれた。大きな怒鳴り声が聞こえるやもと耳をすませていましたが、とくにそんなことはなく、ぐつぐつやぱちぱちやそんな音しか聞こえなかった。
お味噌汁の具はもう良さそうですね。味噌を溶いているところに千寿郎さんは戻ってきた。
「どうでした?」
小さな頭は横に振られた。
「寝ているのか、無視されているのか、何も。」
「そうですか…。では、部屋にお持ちしましょうね。」
なんだかんだと言って最近はきちんと召し上がるのですから。かまどもそろそろ良い頃。薪を取り除き、煉瓦を寄せて生地の入った焼き型を入れる。
「鯛はどうです?」
「あともう少しと思います。」
「ご飯が炊ける頃と合いそうですね。」
あとは杏寿郎さんを待つだけ。
お父上様には先に夕餉を運び、私と千寿郎さんは杏寿郎さんの帰りを待つことにした。
あまりの忙しさに鞄にいれたまま放っておかれていた、今日の購入品を改めて眺める。千寿郎さんはイグナーツからもらった望遠鏡を何度も覗いていた。
「遠くまで見えますか?」
「部屋が狭いせいかよく見えません。」
「ふふ。では昼間のうちに眺めの良い所に行かないと。」
「はい。そうします。」
千寿郎さんは望遠鏡を置くと今度は絵本を開いた。外国語で書かれているが、辞書で調べながら読むのだとか。
それを絵だけ眺めてページを捲っていた。今度来るときは私が好きだった本も差し上げましょう。
「読みましょうか?」
「え、いいですか!?」
「ええ、もちろん。」
千寿郎さんから絵本を受け取ろうとしたとき、玄関の戸ががらりと開くのが聞こえ、次の瞬間には「ただいま戻りました!!!」とまるで隣の家に向かって言っているかのような大きな声が響いた。耳がひりひりとしたが千寿郎さんはお日様の笑顔で玄関まで走っていった。