第8章 誕生日祝い
私は足を止めて、千寿郎さんの前に膝を折った。
「私はお父上様のことを良くは知りません。ですが、私には見えるものがあります。他の方には見えないそうですが、私には見えるものです。それはいつも正確に表れます。お父上様は、よく怒ったような素振りをしていますが、心の中ではいつも…」
言ってしまっても大丈夫だろうか。
「いつも、なんですか?」
千寿郎さんの顔はすでに寂しさで溢れている。どうにかしてあげたい。でもそうは言っても人の心を勝手に話すことは、良くない気がした。いえ、今回は伝えなければ。でないと彼が寂しさに負けてしまう。
「いつも、不安でいっぱいなのです。」
「え、父上が…?」
「母上様が亡くなり、死への恐怖と不安が、お父上様の中で大きくなっているのかもしれません。杏寿郎さんが無事に帰るかどうか、千寿郎さんは刀を握らずに、鬼に会うこともなく天寿を全うできるかどうか。不安なのです。」
言葉で表すとどうしても複雑だ。私にはもっと単純なものに見えている。
心が健康な人の数字は5、それから体調やその時の気持ちに合わせて下がっていく。お父上様はいつも3だ。あまり良くはないがそこまで悪いわけでもない。ただしぼやけていたり、暗い色がついていたりする。これはその人にとって辛い出来事があるとそう見える。私の父もそうだった。母と弟たちを亡くしたとき、あっという間に数字が小さく黒くなった。
「本当に、そうなのでしょうか。父上はいつも話を聞いてはくれないし…俺の顔もまともに見てはもらえないから…」
大きな焔色の瞳が濡れている。分かりますよ。私にもそんな時期がありました。
「寂しいですよね。でも今は待ちましょう。何かきっかけがあればきっと以前のお父上様に戻ってくれます。それまでは兄上様もついていますし、役不足かとは思いますが私もおります。」
大きな瞳に溜まった涙が溢れてしまいそうだったので、思わず抱き締めた。まだまだ小さな手が私の着物をぎゅっと握るので胸の奥が締め付けられそうだった。震える背中をさすりながら大丈夫、大丈夫と幾度も声をかけた。いつか母が私を慰めるときにしてくれたのと同じように。
「さぁ、早く帰りましょう。夕餉の後で特別な飲み物を作ってあげますからね。」
千寿郎さんは袖で涙を拭きながら笑顔を作った。
「特別、ですか?なんでしょう、楽しみです!」