第8章 誕生日祝い
不安を孕む千寿郎さんの声にハッとして表情を取り繕い、これを持ってきてくれたことをイグナーツに礼をした。
それから頼みたい手紙を何通か渡しておいた。中にはショコラティエに宛てたものも。
「ラブレターはないのか?」
「残念、ありません。」
「リアネは堅いなあ。また何かあれば、いつでも頼ってくれよ。」
「ありがとうございます。」
イグナーツは気受けのよい笑顔を向けると、今度は千寿郎さんに船を案内してあげると提案してくれた。
もちろん喜んで見学させてもらった。甲板、船室、操縦室、火室と案内され、私は互いの質問や説明を都度翻訳した。帰りには諸外国のお菓子や小さな望遠鏡をもらった。
「イグナーツさん、今日はありがとうございました。」
千寿郎さんは片言ながらも覚えたての外国語で挨拶をした。
「こちらこそ、ありがとございます。また会いに来てください。」
イグナーツの日本語も片言。聞いていると少し可笑しいが本人たちは大真面目なので堪えるしかない。
「こちらはいつ発つのですか?」
「明日には発つ。また、すぐ次の便でもくるよ。」
「でしたら、ハーブの種か、ポプリを少し調達していただけますか?もちろん次でなくとも構わないのですが…」
「いいよ、次回に持ってくる。」
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします。」
私と千寿郎さんはイグナーツに別れの挨拶をして、町を出た。
帰りの馬車に揺られて千寿郎さんは眠ってしまった。目新しいものばかりでしたし、疲れたのですね。そこから鉄道の乗り換えの際は、起こすのが可哀想でしたので抱きかかえて乗車した。途中で目を覚ました千寿郎さんは、世話をかけてしまったと何度も謝ってきた。気にせずともよいのに。
煉獄家の最寄り駅につく頃には日はとっぷりと暮れていた。
「すっかり暗くなってしまいましたね。これではお父上様が心配しますね。」
「父上は心配しないですよ、きっと。食事の準備がされていないことの方が気になっているかも。」
千寿郎さんは少し俯きながら、小さな拳をぎゅっと握っていた。
「子の心配をしない親がいるわけないでしょう。お父上様はああ見えてお二人のことを気にかけていますよ。」
「姉上は、父上のことを知らないから…。」
「…。」
すみません、と千寿郎さんの声は更に小さくなった。