第8章 誕生日祝い
「なら、次の休暇にでもぜひ!」
「分かりました。では念の為兄上様にはお手紙で知らせておきますね。」
勝手に連れ出してしまうので、すぐに一筆書いてミネルヴァの足に括って飛ばした。
そして出かける日の当日朝。
私は日が昇らぬうちに起きて朝の鍛錬をし、それから着替えなど準備をした。朝餉をとって洗濯と掃除も終えて、千寿郎さんの仕度も手伝い、いざ駅へ。
「兄上から返事は来ましたか?」
「いいえまだ。きっとお忙しいのですね。」
千寿郎さんは少し残念そうにはするものの、今日をとても楽しみにしていたのでそこまで落ち込まずに済んだようだった。さて、元町までの移動は鉄道と馬車を利用する。数時間はかかるが、道中も私達の会話が尽きることは無かった。外を眺めながら景色について話したり、町の人のことについてや、話題がなくなれば手遊びなんかもした。
到着する頃には昼近くになっていたので、何時ぞや杏寿郎さんをお連れした支那そば屋に寄った。女将さんは、あのうまいの人はこんなに小さかったかしら?と小首をかしげていた。
「そのうまいの方の弟君です。可愛いでしょう?」
最後は千寿郎さんには聞こえないように小さな声で言った。杏寿郎さんと違って静かで、大食らいではない千寿郎さんだがその愛くるしい笑顔に女将さんもご主人も虜になったことでしょう。
「兄上はどれくらい食べたのでしょう?」
「どれくらいでしたかね…三杯は確実に食べていたと思いますよ。」
「ははは、俺はそんなには食べれないや。」
困ったように笑う千寿郎さんもまた尊い。すっかり箸が止まってしまい、私の支那そばは少しばかり伸びてしまった。
「兄上様は千寿郎さんをここに連れてきたいと言っておりましたよ。私が先に連れてきてしまいましたけど。」
不謹慎かもしれないが、なんとなく杏寿郎さんに勝ったような気分がした。何を競っているわけでもないけれど。
「なら今度は兄上も一緒に三人で来ましょう!」
「そうですね。ぜひ誘ってみましょう。」
あの日の杏寿郎さんが、なんでもたくさん食べている場面が蘇った。羨ましいほどに食べていたっけ。それほど経っているわけではないけど、杏寿郎さんの溌剌とした声がなんだか懐かしいと思った。