第8章 誕生日祝い
生地を焼き型にいれて軽くトントンと落として空気を抜く。
「さぁ、オーブンで焼きますよ!」
「!オーブン!?」
私は焼き型を持ったまま停止した。千寿郎さんも動かない。なぜならこの家にオーブンはない。
「ど、どどどうしましょう!姉上!洋菓子屋さんに借りますか!?」
「いえ、それはちょっと…」
そうですよね、と肩を落とす千寿郎さん。きっと焼き上がりを楽しみにしている。ここで諦める私ではありませんよ。
「かまどを使ってみましょうか。」
ガスに変わってから殆ど使うことの無くなったかまどがある。薪で火を起こして、その上に鍋を置くものだが、まあなんとかなるでしょう。
かまどに煉瓦と薪を入れて、火を起こし十分に熱する。それから薪を取り除き、煉瓦を寄せて焼き型を入れる。熱が逃げないようにかまどの上にやかんを置いた。ついでにお湯も沸かしてしまう。
薪で火をおこすのは久しぶりだったので額から汗が流れた。それを袖口で拭う。
「さぁ、あとは待つだけですよ。」
「はい。ではその間に宿題を済ませてきます。」
千寿郎さんは自室に戻られたので、私は居間で時々かまどの様子を見ながら、杏寿郎さんに渡されていた炎の呼吸の指南書を読んだ。この文字とやや分かりにくい絵が少し描かれた指南書だけで、どうやったらあそこまで呼吸を極められるのか不思議だった。一緒に任務についていって間近で型を見られたらよいのですが、刀が無ければ話にならない。
日々の鍛錬がどれほど使い物になっているのか分からない。それでもやるしかないのがもどかしい。泊まりこみで来てよかったと思う。杏寿郎さんがいなくても千寿郎さんがいる。彼の顔を見ると頑張ろうと思える。きっと杏寿郎さんもそうだったでしょうね。
やがてケーキの焼ける匂いが少しずつやってきた。懐かしい良い香りだわ。それが居間を出て廊下を抜けていったのでしょう、千寿郎さんが戻ってきた。
「良い香りですね。どんな様子ですか?」
私はかまどから焼き型を取り出した。ふっくら良い色をしている。
「こうして竹串をさして生地がつかなかったら焼けていますよ。」
と、実演してみせた。生地はついてこなかったので良いでしょう。粗熱を取る間にはお茶の準備を。家から持参した紅茶の茶葉を使った。華やかな缶から取り出してお茶を入れるところを千寿郎さんは目を輝かせて見ていた。