第7章 なんとなくの正体
父は殆ど部屋からは出てこない。食事を呼びかけても、共に食卓を囲んではくれない。だが、なぜと考えても仕方ない。母の死で心を病んでおられるのだから。そんな中、母の記憶も朧な千寿郎を残していかねばならぬのは、なんともいたたまれない気持ちになる。すぐに帰りたくとも帰れぬ日ばかりだが、月城なら俺の代わりになってくれる。千寿郎の話をよく聞いてくれるし、千寿郎も月城を尊敬している。
「月城がいてくれて本当に良かった。お陰で今回の任務は安心して取り組めた、ありがとう!」
月城はいえ、そんな!と白く華奢な手を振った。月城が千寿郎の話をするときはとても楽しそうな顔をしている。どれほど可愛がってくれているかは十分に伝わっている。
「それから、夜寝る前に一緒に絵本を読みましたよ。以前に杏寿郎さんのお弟子さんからもらったという本も何冊かありましたが…」
「あぁ、甘露寺に選んでもらった土産物の絵本だな。」
「はい。その方からもよく本をもらったと聞きましたので、先日その倍の数の絵本を買って参りました!!」
月城はどこか勝ち誇った顔で、しかも目を輝かせて言った。もしや甘露寺と競ったのか?本の数で…。
「買ってくれた事は実に有難いが、あまり甘やかしてはならないぞ。」
「千寿郎さんなら大丈夫です!これしきで甘えがすぎるなんてことはありません!むしろもっと甘えていただきたいくらいです。」
それから幼い頃の話やら学校での生活の話なんかもよくしたようで、俺にも事細かに話してくれた。
どの話の千寿郎も活き活きとしていて、兄としては喜ばしいことばかりだった。
「それで、これは昨晩の出来事なのですが…千寿郎さんと夜一緒に、夕餉の後片付けをしていたときです。
いつものようにその日の出来事だったり、食事の感想なんかを話していたのですが…。ふと、千寿郎さんが仰ったのです。」
(姉がいる、というのはこういう感じなのでしょうか。)
「その時の千寿郎さんのお顔はどこか寂しげでした。姉どうこうではなくて、杏寿郎さんがいない事が寂しいのだと思います。なので私は…」
(どうでしょうね。世の中いろいろな姉弟がいるとは思いますが、私は千寿郎さんとこうしてお話をしたり食器を片付けたりする時、失礼かもしれませんが本当の弟のように感じております。)