第6章 約束
私達は座敷へと通され、杏寿郎さん、千寿郎さん、私の順に並び座った。座り方は千寿郎さんに教えてもらった。
和尚様は初めて座禅をする女性に厳しくはできないと、優しい笑顔で仰られた。良かった。
目は閉じず、腹式呼吸で呼吸を整え、そして呼吸に集中する。これを四半刻続ける。体を揺らさぬように集中。目が閉じてしまいそう。今はどれくらい経ったのでしょうか。千寿郎さんたちはどのようにしているのでしょう。ああ、集中できていない。頭で考えているうちに右肩に警策をいただいた。
「ふぐっ!」
痛くはないが驚いておかしな声が出た。恥ずかしい…。
私は静かに合掌した。
集中できていないことは和尚様にはお見通しなのですね。
もう一度呼吸を整えて…。
一、ニ、三、四…。
(数えてはだめよ。)
私はふと、母の言葉を思い出していた。
幼い頃の、まだ末の弟も生まれる前だった。
(無闇に口に出して数えてはだめよ。そしてそれを他の人に言ってもいけません。言わないほうがあなたのためよ。)
はい、お母様。
今も守っている、あの時の約束。でも心の中では数える事をやめられない。今も何かを数えている。
一、ニ、三…
私の呼吸ではない。和尚様の足音でもない。私の周りをぐるぐると回るものを数えている。
一を数えると和尚様のつま先が床に着く。
ニでもう一方のつま先が。また集中できていないから次の一で和尚様は私の後ろへ来るでしょう。五で右肩に警策がくる。出来れば左肩にしていただきたいですが、どう伝えたらいいのでしょうか。
一、ニ、三。やはり警策は右肩にこようとしているのが分かった。
四、五!
「!」
私は咄嗟に警策を手で止めてしまった。和尚様を驚かせてしまいましたね。
私は振り向いた。
「申し訳ございません。左肩でお願いできますでしょうか…。」
和尚様は静かに頷いた。私が前を向くと、千寿郎さんが横目でこちらを見て驚いているのが見えた。
左肩に警策をいただき、合掌。私ばかり受けているので本当にお恥ずかしい。お二人の集中力を見習わなければ。
それから四半刻の座禅を終え、和尚様にお礼を言ってお寺を出た。杏寿郎さんは和尚様に呼び止められていたので、私と千寿郎さんだけ先に帰路につく。
「どうでしたか?初めての座禅は。」
「思いの外集中を維持するのが難しかったですねえ。」
