第2章 一宿一飯
「父は貿易商でしてね、西洋に渡った際に母と出合い、駆け落ちしたのだそうです。」
「かっ駆け落ちですか…!!」
「はい。父も母も、異国の者同士の結婚を反対されていたのですが、押し切った故、家族からは勘当されてしまいました。それでも私達のことは愛してくださいましたから、とても幸せだったのですよ。」
千寿郎さんは目を大きく見開いたまま、私が次に何を話すのかを待っているようだった。
「元々、母も貿易関係に勤めていたので言葉に困ることは無かったのですが、衣食住は全く違うので大変だったと聞きました。とくに食事ですね。日本のお料理は何も分からなかったので、女中さんに教わったのだそうです。」
「へぇー!あの、月城さんの弟さんは、どんな方でしたか?やはり金色の髪と白い肌の方だったのですか?」
「下の弟はそうですね。髪は金色で、肌は少し白い方でした。ただ、長男は父に似ましたので黒い髪でしたねぇ。」
「目は月城さんのような青い色なのですか?」
「これは私と母だけでしたよ。ガラス玉のようで冷たいとよく言われるのですが、怖くないですか?」
千寿郎さんは激しく首を横に振っていた。
「とんでもないです!まるで晴天の青空のようですよ!」
「まあ、お上手ですね。ありがとうございます。」
他にも千寿郎さんはいろいろ質問なさった。
異国の言葉も話せるのか、お家はやはり洋館なのか。居間に暖炉があったことを話すと、どうも囲炉裏を思い浮かべてしまうらしく、筆と墨をお借りして描いてみせた。
「ここに、このように暖炉があるのですよ。」
「わぁー!床ではないのですね!」
「そうですよ。煙突がずっと屋根まで続いていて、よく煤掃除をさせられたものです。体中真っ黒になってしまうのですよ。」
「手入れは大変なのですね…。」
他にもお風呂の形が違うこと、猫を飼っていたこと、母の故郷の料理について、話しながら時々筆を取って説明した。
「月城さん、絵がとても上手なのですね。」
千寿郎さんは私が描いた猫の絵を指して仰られた。
「幼い頃、たくさん描きましたので。夏はとくに避暑地で風景や動物の絵を描かされたものです。」
「稽古、ですか?」
「そうですね。今思うと、そうなのだと思います。」