第2章 一宿一飯
千寿郎さんはそうは言うもののどこか寂しげだった。
他人の私の声は届くのかと、思わせてしまったかもしれない。でもそうではないことを、どう伝えたらよいか。
「家族には甘えられるものです。炎柱様も千寿郎さんもお優しいから、きっとお父上様も言い返せるのでしょう。でも、私は他人ですから。」
「だとしても、ありがとうございます。父上と食卓を一緒に囲めるなんて久しぶりでした。」
あの時の張り詰めた空気を感じた瞬間は、どうしたものかと思いましたが、千寿郎さんがそのように仰れるのが救いだった。
炎柱様のご家族とお顔を合わせて思ったことがある。
皆、必死に耐えている。悲しみを心の奥底に閉じ込め、その扉が開かぬように必死に抑えていらっしゃる。私にはそう感じた。
千寿郎さん、あなたぐらいの年齢なら、まだ甘えたい時も沢山あるでしょうに。
せめて炎柱様がもう少しお家にいられたなら…。
食事の後、私と千寿郎さんは並んで食器を洗い、拭いて片付けをしていた。
「ここだけの話なのですが…」
そう切り出すと千寿郎さんの焔色の双眸がこちらを向いた。
「炎柱様に継子にならないかとご提案頂いた折、私、継子が何なのか存知ませんでしたので、もしかして跡継ぎを生まねばならないのかと内心焦りました…。」
千寿郎さんはあまり笑ってはいけないと思っているのか、唇を噛むようにして堪えていた。もっと笑っていただいても良いのに。
「もしもそのような制度だったら女性ばかり大変ですね。」
「!!そうですよねぇ!隊士は男性も多いというのに。」
一瞬でも勘違いした自分が恥ずかしい。顔が熱くなってきた。
「月城さん、お耳が赤いですよ。」
「あら!お恥ずかしい…。」
思わず耳を手で隠した。水仕事のあとの冷たい手がすぐに温まってしまう。
「千寿郎さん、これは誰にも言わないでくださいね?」
「はい、分かってますよ。」
「兄上様にも、ですよ?」
「はい、承知しました。」
ふわりと笑う千寿郎さんは、まるで小さな太陽のようだと思った。
(ねーねーさまー!)
遠い記憶の奥底にある、末の弟の声が聞こえた気がした。