第2章 一宿一飯
また…?
私はお椀と湯呑を素早く並べ、盆を床に置きお父上様の横に移動して三つ指をついた。
「ご挨拶が遅れまして申し訳ございません。月城リアネと申します。本日はお泊めいただき、ありがとうございます。」
お父上様の言葉を待って頭をあげようと思ったが、なかなかお声が聞こえない。
恐る恐る上げてみると、こちらを見てもいなかった。
「酒。」
?
あ!お酒を御所望なのですね。
でも…。
「あの、お言葉ですがすでに沢山飲んでらしたのでは?」
瞬間、空気が変わった。千寿郎さんはわざと目を合わせまいとしている。断ってはいけなかったのだ。
でもお父上様からすでにお酒の匂いがしていた。
「お前、杏寿郎の継子の分際で俺に指図する気か?」
お父上様はこちらを見ることなく仰られた。
声の迫力のすごいこと。でもこの方、そんなに怒ってはいらっしゃらない。
「申し訳ございません。ですが継子であろうとなかろうと、尊敬する炎柱様とその弟君の大切なお父上様ですから。体を大切にしてもらいたいのです。」
ようやく、お父上様はこちらに顔を向けられた。
炎柱様と、千寿郎さんと同じ焔色の眸。
「お食事中はお茶かお水にいたしましょう。お酒はその後でお注ぎいたします。」
真っ直ぐ目を見てお伝えすると、焔色が睫毛に隠れてしまった。そしてご自分の箸を取ってお食事を始めてしまった。
何も言われないところを見るとご納得いただけたのでしょうか。
千寿郎さんもほっとした表情でいらっしゃる。
「さぁ月城さんも、召し上がってください。」
「はい、いただきます。」
静かな食卓でしたが、家族で食べていた頃を思い出した。千寿郎さんのお口元についたご飯粒をとって差し上げた時の照れたお顔なんて、弟にそっくり。
お父上様は一つも表情を変えられなかったけれど、千寿郎さんの作ったお食事を残さず完食されていた。
そして、お酒はここで飲むことはなく、部屋へ戻ってしまった。
「月城さん、すごいですね。」
「何がです?」
「父上に言い返すのは、兄上もあまりしないですよ。」
左様ですか…。いけないことをしたでしょうか。
「お酒が増えていくのを俺も兄上も心配していました。でも言っても聞き入れてもらえないのです。止めてくれてありがとうございます。」