第13章 零からはじまる
月城は戸惑いながらも受け取ってふわりと笑った。
本当は強引に押し付けたのではないか心配だったのだが、そうではなかったようで俺も安心した。
何度も礼を言われ、早速着けたいと鏡のあるところへ行き、手早くまとめ上げた髪に飾りで留めていた。まるで貴婦人だ。こんなにも美しい人を俺は連れ立っているのか。
月城は姿の映る所を通る度、嬉しそうに後ろ髪を見ていた。
「そうだわ、私からも杏寿郎さんに差し上げたいものが…」
そう言って近くにあった長椅子に突然腰掛けて、小さな鞄の中から箱を取り出した。外国語で何か書いてある。
俺も隣に座ってその箱に注目した。開けると入っていたのは、革の帯に小さな懐中時計がついたようなものだった。
「これは?」
「腕時計といいます。むこうでは兵隊さんがつけているのですが、今度一般向けにも作るのだそうですよ。」
むこう、とは西洋のことか。説明しながら俺の左腕をとってつけてくれた。帯はベルトのようになっていて、手首の太さに合わせて調節できるようになっていた。
文字盤は小さいが、時刻は十分に分かる。懐中時計のような重厚さはなく、軽くてつけ心地も良い。
「これは便利そうだな!」
「昨今は懐中時計の方が流行りではありますが、次はこの腕時計がきますよきっと!」
そうなのか!月城が言うのだからそうなのだろうな。
「ありがとう!しかし、こんな珍しいものをどうやって手に入れたのだ?」
「里帰りした際に父の会社を見に行って参りました。今は、常務取締役で父の友人でもあった方が全て担っているのですが、その方より『この腕時計をつけて人々の目に触れるようにしてほしい』と言われまして。私がつけるより、こういった物は殿方の腕にある方が目立ちますし見栄えしますから、杏寿郎さんに差し上げたいのです。」
「ほう!つまりは広告塔だな!」
「はい。よろしくお願いいたします。」
腕に何かを着けるというのは慣れないので違和感はあるものの、確かに格好は良いと見える。もうすでに目の前を通り過ぎていく紳士方の視線も感じた。
「万事任せておけ!すれ違う全ての老若男女の視界に入れてみせよう!」
「普通につけて歩くだけで結構です。あくまで自然にお願いします。」
「うむ!」