第13章 零からはじまる
その後も館内の店をくまなく見て回り、月城は店員から流行りのものや、客層に対して人気のある品などを接客されながら聞き出しては小さな帳面に書き残していた。この些細な情報のどれが今後役に立つかは分からないが、知っていて損はないという。
建物の中にいるせいか、彼女と一緒にいるせいか時間の流れをあまり感じなかった。今日はもらった腕時計があるので、時間を確認しながら暗くならないうちに帰路についた。夜道は鬼が出るやもしれんからな。この幸福な日に遭遇など絶対にしたくない。しかし二人の時間が終わるのは少し惜しい。黄昏時の景色のせいか。
いつの間にか彼女の手も離れてしまっていたので、俺は時間稼ぎにゆっくり歩いた。
「楽しかったな。」
隣を見ると、月城は口元こそ微笑んでいるも眼差しがどこか寂しげだった。
「はい、本当に…。こんなに楽しかったのは生まれて初めてです。」
「ハハハハ!それは良かった!」
「本当ですよ?」
「?俺は疑ってないぞ?月城と同じことを思っていた!」
ただ食事をして、並んで歩くだけがこれほど楽しいことだったとは俺も知らなかった。生まれて初めての経験だ。
これが日常ならどんなにいいだろう。
鬼を狩るなど悪い夢で、こちらが現実であったなら。
彼女もそうだ。少女のように苺を頬張って、髪飾りを鏡で何度も見ては喜んで…。そんな彼女も鬼殺の隊士。刀を手に戦う。鬼さえいなければ我々は刀など握る必要もない。襲われる恐怖もない。全ての人々にこんな日常がくるだろう。
だが、残念ながら現実は違う。明日にはまた隊服を着て警備をする。十二鬼月が現れたなら、休暇であろうと出陣する。それが鬼殺隊の仕事だ。俺の責務だ。逃れることは許されない。
それでも、今日のような日だけは…。
俺はそっと月城に向かって掌を差し出した。もう少し君に触れていたかった。
もうエスコートは必要ない。知っている道だが、月城は俺の顔と手を交互に見て微笑みながら、その白く華奢な手を乗せた。それだけでなく、互いの指が噛み合うように絡ませてきた。こんなに密着して良いのだろうか。俺の心臓は大きな音をたてて脈打っている。聞こえてはいないだろうか。恥ずかしさと緊張で汗をかきそうだが、繋いだ手を引き寄せて歩いた。
「月城、約束だ。また行こう。」