第13章 零からはじまる
しかし人目が多いからずっとはしていられない。自然と離れて月城は俺の腕に手を添え直した。
店は少し歩いた先にある。先日、甘露寺と巡ってみて一番旨かった寿司屋だ。
西洋風の建物が続く間にひっそりとある敷石の道を進むと格子戸があり、開けてさらに暖簾を潜った先にようやく店がある。
「いらっしゃい…ああ、この前の!」
入るなり店の主人はすぐ俺を思い出したらしい。
「こんにちはご主人!」
主人は俺たちを目の前の席へ通した。コートや荷物は女将さんに預けて座る。
「以前もいらしたのですか?」
「あぁ。君とくる店を探しているときに甘露寺とな。下調べに少し食べられれば良かったのだがついつい五十貫は食べてしまってな!」
「えっ!?お二人で五十も?」
「いや、一人五十だ!」
「まあ…随分食べましたね…!」
「さあ、ここはどれも旨いぞ!好きなだけ頼むといい!」
「ありがとうございます。では今日のおすすめをいただけますか?」
主人はすぐに握り始めた。手際の良さといい見ても愉しい。
月城も主人の動きをじっと眺めていた。待つ間に女将さんが温かい茶を出してくれた。
「里帰りはどうだった?」
「はい、お墓参りと遺品の整理も兼ねて行ってまいりました。父と母の思い出の品がたくさん出てきましてね…」
今日彼女が着ていた羽織もその時出てきたものだそうだ。
一部だけ持って帰ってきたが、あまりの物量に殆ど置いてきたらしい。
「月城の父上と母上はどのような人だった?」
「子供の私からみても仲の良い夫婦でしたよ。母が少女のような人でしたので、父がそれを優しく見守っているような感じです。」
「そうなのか!会ってみたかったな。」
「杏寿郎さんのような明るい方なら、父もきっと喜んで我が家へ招待したでしょうね。」
話す間に主人は月城の前に寿司下駄を置いて、おすすめの一貫を置いた。これは鰆だな。
月城は箸で持ち、醤油を少しつけて口に運ぶ。
「〜!これは美味しいですね!」
「そうだろう!」
月城の大きな双眸が更に大きくなっていた。そして残りも一気に頬張ってしまう。この口いっぱいに頬張って食べるところがまた可愛らしいんだ。
「さあ、もっと食べなさい!ご主人!俺もいただこう!とりあえず全部二貫ずつ頼む!」