第13章 零からはじまる
興奮冷めやらぬまま甘露寺は慌てて退散していった。こちらを見ながら手を振り続けていたので、前からくる人にぶつかって謝っていた。
「面白い方ですね、甘露寺さん。」
「うむ!明るくて良い子だ!」
「なんだか妬けてしまいますね…」
ん?甘露寺に対してか?そんな要素があっただろうか。
呟くように小さな声だったが聞き逃さなかった。聞こえないフリをしたほうが良いのだろうか。
「さ、参りましょう!お腹ぺこぺこにしてきたのですよ。」
月城は表情ごと気持ちを切り替えた。
まあいいか、今日はこれからだ。
「何が食べたい?」
「何でも良いのですか?杏寿郎さんの気分はどうです?」
「今日は君が行きたいところへ行く!」
「そうですか、では…そうですね。お寿司なんてどうでしょう?」
「寿司だな!任せろ!うまい店は知ってる!」
月城の左側半歩前に立ち腕を出す。
おずおずと彼女の左手が添えられた。たったこれだけのことに更に胸が高鳴る。
「頼もしいですね、エスコートお願い致します。」
月城は今どんな気持ちでいるだろう、俺と同じなら嬉しい。今日君に楽しんでもらうために、甘露寺を巻き込んで準備してきた。きっと良い日にしてみせよう。
俺は月城の手が離れぬよう歩幅に注意しながら歩き、最初の店へ向う。
ガス灯の並ぶ道を行き、路面電車で二駅の場所だ。ゆっくり流れる景色を眺めるのもまた良い。電車を降りるとき、右手を差し出すと月城はその上にそっと手を乗せた。
ぎゅっとしてしまいたいが握ってはならん、握っては!だが、後ろから無理に降りようとする人に押されて玉突きのように月城が押し出されてしまった。
「おっと危ない。」
月城は足を踏み外してしまったが、幸い手は俺の中にあったので引き寄せて抱きとめた。彼女の後ろにいた御婦人も危うく転ぶところだった。まったく危ない。誰だこんな危険な降車をするのは。順番は守るよう母上に教わらなかったのか。
「杏寿郎さん、ありがとうございます。」
「大事はないな?」
「はい、幸い私には素敵な紳士がついておりましたので。」
月城の青空の双眸が俺に微笑む。それも腕の中で。これは悪くない!