第13章 零からはじまる
俺は何度か呼ばれていることにも気づかなかったようだ。
それほど彼女の型に見惚れてしまったのだろうか。
「とてもお疲れのようです。大丈夫ですか?」
「うむ!問題ないぞ。」
大丈夫だと、微笑んでみたが彼女の表情は安心などしていなかった。そういうところ、勘が鋭いからな。
「さぁ、気にせず続けてくれ。」
「…はい…。」
月城はもう一度刀を振った。今度は続けて何度も。だがすぐに止めてしまった。
どうしたのだろうとそのまま見ていると、彼女は珍しく眉間に皺を寄せて厳しい顔つきをしていた。
そして刀を鞘に収め、その場に正座し、刀は横へ置いた。
「杏寿郎さん、こちらへ来て座ってください。」
いつもより低い声色で、まるで母が俺に何か注意する前兆のような感覚になった。
言われたとおりに月城の前に正座した。
「何があったのか、話してはいただけませんか?」
「何もないが…なぜ聞くんだ?」
「…心が。疲れています。」
やはり彼女には見えるか。どう振る舞おうと彼女にしか見えないものを、こちらでどうにかすることはできない。
「杏寿郎さん、心の数字はよく変化するものです。大きくなったり小さくなったりは当たり前にあるのですが、数字が零を示すことはほとんどないのです。過去に見たことはありますが、それは母と弟を亡くしたときの父でした。父以外は見たことがありません。」
「俺は今、零だと言うのか?」
月城はゆっくり頷いた。それもただの零ではないのだと。
「零が…燃えているのです。」
「燃えている?」
心の炎は消えていないということか。それなら良かった。それの何が問題なのか。
「杏寿郎さんの心はいつも燃えていました。燃える数字を見たのは初めてです。普通なら数字の変化と共に、纏ったものも変化します。なのに変わらないのです。零になっても。強い炎のまま。」
「それは君が思うにどこが問題なのだ?」
月城は俺の顔ではなく胸のあたりをじっと見ていた。険しい顔をより険しくさせていた。
「心は疲れきって零になっているのに、炎の勢いが止まない。このままでは心が燃やし尽くされてしまいそうです。」
「まさか、そんなことは。」
「心を休めなければ、負担がかかりすぎてしまいます。そのあとどうなるかは分かりません。」