第12章 花火のように
「その兎はなんとチョッキのポケットから懐中時計を取り出し、それを見て慌てて走り出したのです。」
私は原文を読んでから日本語に翻訳して、一文ずつゆっくり進めていったが、お二人は終始静かに聞いていた。
時々様子を見てみれば、なんとも真剣な顔をして聞き入っている。これは読む方も真面目に読んで聞かせなければ。
千寿郎さんは、分からなかった言葉のでる頁になるとその文面を教えてくださり、その場面にあった翻訳を伝えるとノートに書きとめていた。とても勉強熱心。
ただ、この本は少し長いお話なので、終わりが近づくとうとうとしだし、首がかくんと落ちそうになっていた。
「さぁ、今夜はもう晩いのでここまでにしましょう。」
私が本を閉じると頑張って目を開けて、まだ大丈夫ですと言っていた。そういうところも可愛らしい。
「いいえ、もう瞼が限界を訴えていますよ。」
と言うと杏寿郎さんは朗らかに笑った。
「いいところだったから気持ちはわかるがな千寿郎。眠ることも大切だ。続きはまた今度読んでもらおう。」
私は千寿郎さんを寝かせ布団をかけた。
「姉上、また読んでくれますか?」
「ええ。もちろんです。」
その隣で横になり、千寿郎さんの顔にかかった髪をすくって耳にかけた。安心したお顔で瞼はどんどん閉じていった。
もう少し、眠りに落ちるまでこうしていよう。
私は布団の上から千寿郎さんのお腹あたりをとんとん叩いた。そっと、ゆっくりと。母が弟たちにこうしていたから、母がいない時は私が弟たちにしてあげた。そうするとよく眠れるらしいから。
やがて千寿郎さんは静かな寝息を立て始めた。規則正しく穏やかな呼吸だ。
ふと、杏寿郎さんをみると彼も穏やかな表情で千寿郎さんを見下ろしていた。温かな眼差しで、そこには弟への想いが込められているようでもあった。
あとは二人の時間ですね。そう思い、私は静かに起き上がった。
部屋で休ませていただきますと言おうとしたが、同じくして杏寿郎さんも立ち上がられたので言うに言えなかった。明かりを消して、二人で部屋を出た。
「月城、少し話さないか?」
夜も更ける時間だというのに珍しい。何か重要な話ではないかと身構えてしまう。月明かりが杏寿郎さんを照らすと、彼は空を見上げた。
「今宵は語らうにはいい夜だ。」
焔色の瞳が月を映す。とても幻想的で綺麗。