第10章 氷
どうやら関西の方で居なくなったらしいが、その子の父は有り金全て叩く勢いで捜索範囲を全国に広めたそうだ。
「すぐに君だと思ったけど、出会ったときの状態が酷かったから、何かあったのだろうと思って情報は出さなかったんだ。でも、話を聞く限りお父さんは必死で探しているんじゃないか?」
優しい父の顔が脳裏に浮かぶ。でもすぐに陽炎のようにぼやけてしまった。もう思い出せなくなっている。
決めかねていると、師範は何処かへ行ってしまい、すぐ戻ってきた。
そして私の手に無理矢理、何かを乗せた。
汽車の往復切符だった。
「お父さんに会わなくても、お母さんと弟たちの墓参りくらいしておいで。ここにはいつ帰ってきても良いから。元気な顔を見せておいで。」
師範の優しさには心を打たれた。心のどこかにあった、ずっと帰りたかったけど帰れない気持ちに背中を押してもらえた。
私は里帰りを決めた。
師範は私に新しい綺麗な衣服を用意してくれた。行くなら身綺麗にと。
それを身に纏って私は一人駅へ向かった。弟子の子どもたちは元気よく送り出してくれた。
汽車に一晩揺られ、久しぶりに故郷へ着くと、駅の周りは少し変わっていた。だが景色は変わっても道は変わらない。歩きなれた道順で家に辿り着いたが、見るも無惨な姿になっていた。
綺麗だった壁は塗装が剥がれているし、蔦が纏わりついている。手入れがされていない。
玄関の呼び鈴を鳴らすのが怖かった。継母が出たら、どんな顔をすればいいか分からない。
そんなときに浮かぶのは師範の笑顔だった。あの人が背中を押してくれてここまできたのだから、と意を決して呼び鈴を鳴らした。
だが玄関を開けたのは会いたくはなかった継母だった。
こんなに小さな人だったかと思うほど、彼女は縮んでいた。
違う、私の背が伸びたのだ。
継母は私の姿を見て驚いていた。そしてみるみる顔を赤くして激昂した。
「今まで!どこにいっていたの!!」
継母は私の襟元を掴んで揺らした。上背のある私はもうそこまで揺れなかった。
「あんたのせいで!あんたのせいであの人は死んじゃったじゃない!」
耳を疑った。
継母の手首を掴んで襟元から離した。
「父がどうしたと、言いましたか?」
継母は少し怯えたようでもあったが、手を振りほどくと背を向けながらも話してくれた。