第10章 氷
父にはあの人がいるから、もういいんだ…。
あの時女中に言われたように、私は逃げ出した。彼女にもらったお金と住所を頼りに、汽車に乗って東京まで。着のみ着のままで。
上京してすぐ彼女の家を探した。もうあれから数年経ったので、大きくなったねと褒めてくれるのを想像した。何日か歩き続けてやっと見つけたが、彼女には会わなかった。
知らない男性と幸せそうに笑い合っていたから。
声をかけてはいけないと思った。
数日は付近を彷徨って、彼女が一人でいる時も見かけたがそれでも声をかける勇気が出なかった。
彼女は綺麗に着飾ってどこかへでかけていく。元々綺麗な人だったがより一層素敵に見えた。それに比べて数日着替えず、風呂にも入っていない私は乞食も同然。もうお腹も空かなかった。
彼女に会うことは諦めて、行き場のない私はただ歩き続けて、結局空腹と疲労で歩けなくなり倒れた。もうここで終わってしまえとも思った。母と弟たちに会いたい。生きていても苦しいだけだ。
瞼が重くなって、きっと目を閉じたらもう開けることはないと思っていたのに。
目が覚めたら、私は温かい布団の中だった。
低い屋根と、何人かの子供が私を見下ろしている。
「しはーん!起きましたよー!」
子の中の一人でしっかりしていそうな顔をした女の子が言った。
「おおー良かった!君、具合はどう?」
師範と呼ばれた男が子供たちと一緒に私を見下ろす。少し疲れたような顔をした青年、私の育手になった人だ。
彼に拾われて私は死を先に延ばした。
師範は鬼殺隊で剣士をしていたが、負傷して右腕がなかった。それに右の耳が聞こえないらしく、みんな左側から話しかけていた。とても心根の優しい師範で、私がこんな風体でもみんなと変わらずに接してくれた。行くところがないなら、ずっといてもいいよと言ってくれた。
それから私は師範の所に居座るようになった。何もせずただ世話になるわけにもいかず、掃除や洗濯など身の回りのお世話を手伝った。
ここにいる子どもたちは師範に弟子入りをした子で、毎日修行に明け暮れる。木刀を振り、山を駆け回り、それこそ血反吐を吐く努力を積んでいた。
その理由が鬼を狩るためと初めて知ったときは驚いた。鬼なんてみたことなかったから。東京は鬼が出るなんて物騒だと思った。