第10章 氷
ある日、母が弟二人を連れて出かけて行った。私が父と二人で出掛けたいと、以前より約束していたからだ。
父は仕事が残っていたが私を連れて行ってくれた。取引先の人々に紹介されたり、父の持つ船を見に行ったりした。働く父の姿は格好良かった。仕事が終わったあとは、欲しかった絵の具を買ってもらい、喫茶店でパフェを食べたりした。帰りが少し遅くなってしまって、弟たちに申し訳ないのでお土産も買って帰った。
だが、家には誰も居なかった。
時計はどんどん時間を進めていくのに、誰も帰ってこない。
父は焦って警官に伝えに行った。そして探しに行ってくると…。私と女中は二人、ただただ不安だった。
女中は私を楽しませようと遊びに誘ってくるので言うとおりにしていた。でも見えるから、私には心の数字が。彼女が不安にしていることも分かっていた。
そうしているうちにふらふらと草臥れた父が帰ってきた。どこを探しても見つからず、警官も範囲を広げて捜索に当たっていると話していた。私はもう寝るように言われたが、とても眠ってなどいられないと訴え、特別に起きていることを許してもらった。
もう夜の十時を過ぎていた。
起きていると言ったはものの、子供だったので睡魔には敵わない。うつらうつらしていると、家のドアが激しく叩かれて少し目が覚めた。来たのは警官だった。側に行くのを女中が止めたから、何を話しているかは分からなかった。
ただ、父が、父の心の数字がみるみる黒くなり、亀裂が入った。砕けそうだった。砕けるとどうなるかは分からないが、きっと良くないと思った。
父は警官に連れられて外へ出て行ってしまった。それがあの時は堪らなく不安だった。父まで帰ってこなくなるのではと。
あれはきっと身元の確認をしに行ったのだ。
母と弟二人は最寄り駅の裏にある人通りの少ない道で死んでいたそうだ。
母は弟二人を庇うように倒れていたという。全員体を大きな爪か何かで裂かれていたらしい。一時は話題になる事件だった。
父は毎日泣き続ける私を抱いて、ずっと慰めてくれていた。
葬儀の準備で忙しかったが、父には泣いている暇も無かった。心の数字は少しずつ崩れていくのに。
そして葬式の当日、知らない誰かがやってきて父に何かを告げていた。父はその場に泣き崩れた。心も崩壊した。あの人のせいだとその時は思ったものの、私も自分が悲しいのでいっぱいだった。
