第9章 継子
「うむ!月城もな!」
俺は居心地が悪くなって席を立った。背を向けて病室を出ようとすると、千寿郎さんによろしくお伝えくださいという月城の声が別れの言葉に聞こえた。振り返って微笑んだつもりだが、うまく笑えたか分からない。
胃のあたりが重たい。心は穴が空いたように空っぽだ。弟子を育てきれずに不甲斐ない。だがそれだけではない気がしている。
蝶屋敷の外で揺らめく蝶の羽ばたきをぼんやりと眺めていると、宇髄がやってきた。用事が終わったのだろう。
「さっき病室寄ったら月城が落ち込んでたな。」
そうか…。俺の前では気丈に振る舞ったのだな。
「継子を辞めさせた。このまま稽古を続ければ命が危ないと胡蝶に言われてな。」
「聞いた。肺が弱いんだってな。全集中の呼吸もまともに使えないって。そんな隊士、今はいくらでもいるだろう。」
「だが継子は別だ。全集中常中ができないなら、他の隊士を継子にするべきだとも言われた。ぐうの音も出なかった。」
宇髄もこればかりには何も返してこなかった。俺もいつまでも気を落としてはいられない。切り替えよう。
「あ、音柱様ー!」
よく通る声が背後からして、いつになく驚いてしまった。心拍が上がるのが分かる。もしや以前の発作か…!
「お忘れ物ですよ。」
「おー!すまん!助かった、ありがとな月城!」
月城の名を聞いてより一層に動悸がする。
「いいえ。お話中に失礼いたしました。」
足音が遠退いていく。同じように動悸も遠退いた。
「へぇ〜なるほどね。」
宇髄は先程受け取ったのだろう紙袋を手に、人の顔を厭らしく笑いながら見てくる。
「あいつ、お前に気があるみたいだ。」
「そっ…!なっ!ん!」
宇髄の言葉で動悸が戻ってきた。もはや爆発する勢いだった。お陰で舌が回らない。言いたいことが一つも出てこない。
「悪ぃ悪ぃ。逆を言おうとして間違えたわ。」
「…ほう?」
俺をからかったな宇髄め。動悸が通り越して憤りに変わる。彼は悪びれることなく笑って謝っていた。
「しっかしお前派手に分かりやすいな。そんな息止まりそうなぐらい心拍上がるならさっさと告ってこいよ。」
そうだ、彼は音柱。絶対音感とやらがあるという。俺の心拍までお見通しということか。自分が情けない、穴があったら入りたい。