第12章 訪れた難に身を委ね
薫
「見張りをつけるのは止めるよ。…屋敷も自由に歩いてくれて構わない」
結莉乃
「分かり、ました」
薫
「では、夕餉まで自由にしていておくれ」
すっと結莉乃から手を離して薫は去って行く。知らないうちに緊張していたようで唇から息を吐き出す。思っていたよりもあっさりと去って行くのに驚きつつも安堵したのも事実であった
結莉乃は許可を得たため早速、自身の部屋から出て縁側へ腰掛けた
結莉乃
(やっぱり壬生とは違う…)
頬を撫でる風に目を瞑り、壬生に帰れない事を思うと悲しくて思わず涙が溢れそうになるのを結莉乃は、ぐっと我慢する。今日から自分が暮らすのはこの玲瓏の屋敷なんだと、必死で結莉乃は自分に言い聞かせる
結莉乃
「……っ…」
それでも壬生での楽しかった記憶が次から次へと思い浮かんでしまい、我慢していた涙は結莉乃の頬を濡らした。
「なーに泣いてんだぁ?あんた」
結莉乃
「……っ…?」
溢れる涙が増え、それを拭っていると間延びした声が掛けられて驚いた結莉乃の肩は小さく跳ねた。ぱっと顔を上げると思ったよりも近い距離で藤色の瞳が結莉乃を覗き込んでいた。
「お、止まった」
驚きで結莉乃の涙が止まったのを見ると芥子色の髪で毛先が根岸色をした、現代で言うウルフヘアの男性は顔を離した。結莉乃は驚きで声が出ず彼を見詰めると、密度の高い睫毛はつり上がる目尻に合わせて縁取られた大きな目が見詰め返す
「んで?何で泣いてたんだぁ?」
結莉乃
「や、えと…別になんでも…」
「ふーん。…ま、何でもいーけど」
しゃがんでいた男性は結莉乃の隣で胡座をかく。結莉乃は彼の行動が読めなくて戸惑ってしまう
「あんただろ?薫様の奥方になるってーのは」
結莉乃
「そう…みたいです」
「んじゃま、これから同じ屋敷に住むわけだし…俺は白波 千兼 (シラナミ チカネ)宜しくー、結莉乃ちゃん」
何を考えているのか分からない言葉と間延びした話し方に結莉乃は調子が崩されるのを感じる。そして、眠たげな笑みを残して去っていってしまった