第10章 帰ってきたと思える場所
結莉乃
「あ…」
置いていた筆を手に取り結莉乃は紙へ色を載せていく。二羽はまるで結莉乃に描かれているのが分かっているかのようにその場から羽ばたかずいる
桜の木と二羽を描いた結莉乃はそれを眺めた
結莉乃
「我ながら良い感じ…?」
何て思っていると廊下を歩く足音が近付いてくるのが、結莉乃の耳に届く。誰かが来ると思いながら待っていると、予想していなかった人物が顔を覗かせ結莉乃は僅かに目を丸くする
結莉乃
「胤晴さん!?」
胤晴
「嗚呼。少し君に用があってな」
結莉乃
「何ですか?」
結莉乃は持っていた筆を置いて立っている胤晴を見上げる
胤晴
「その…君が何が好きか分からなくて適当に選んでしまったが…羊羹は好きか」
結莉乃
「え?」
言葉と共に見せられた紙袋に結莉乃は首を傾げる
結莉乃
(胤晴さんが羊羹を…?)
何て思いながら結莉乃は、胤晴が羊羹を選んでいる姿を想像して思わずぼーっとしてしまう。無言を否と捉えたのか胤晴は紙袋を持っていた手を下ろす
胤晴
「苦手だったら別のものを用意─」
結莉乃
「あ!好き!好きです、羊羹!」
胤晴の言葉で返事をしていなかったのを理解し、ぼーっとしていた事を内心で謝罪しつつ慌てて答える
胤晴
「…っ、そうか…良かった。それならこれ、食べてくれ」
結莉乃
「え?」
胤晴
「ん…?」
結莉乃
「胤晴さんは食べていかれないんですか?」
胤晴
「いや…俺が共にしては君が嫌かと」
思わぬ言葉に結莉乃は一瞬きょとんとするもすぐに眉を少しつり上げる
結莉乃
「何ですかそれ!一緒に食べましょうよ、せっかく胤晴さんが買ってきて下さったのに一人で食べるなんて勿体ないです。お茶淹れてきますね!」
半ば捲し立てる様に喋った結莉乃は、胤晴の返事も聞かずに部屋から出て行ってしまった。その様子に胤晴は呆気に取られたが、すぐに口角を上げる
胤晴
「……手伝いの者にやらせれば良いものを…全く」
呆れた様な言い方をしているものの、その表情は嬉しそうだった