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フェアリーテイル Events 短編集

第2章 ポッキーの日


〈グレイの場合〉

 いつも足しげく通うカフェの扉を開くと少し古い扉はギィと音を立てる。その音に反応した店主はいつも通りの穏やかな声音で言う。

「どうも、こんにちは。」
「あァ。」

 このカフェに来ることはギルドの仲間には言えない、青年の楽しみの1つであった。
 言ってしまったが最後、グレイにカフェなど似合わないと腹を抱えて笑われるのは目に見えている。

「いつもので?」
「あァ、頼む。」
「畏まりました。」

 人知れず商いをしている彼女とは2年前に出会った。街中でごろつきに絡まれているところを助け、このカフェを知った。
 ほぼ一目惚れだった。そう言ったことに奥手な彼には珍しく、彼女を口説き落とすのにカフェに通った。

 彼女の同意を得て晴れて恋人同士になってもう1年が過ぎようとしていた。

 彼女との出会いに想いを馳せていると軽い足音と共に目の前にコーヒーが置かれた。その横にはグラスに立てかけられた菓子のようなものも。

「何だ、こりゃ?」
「ポッキーというお菓子だそうで。常連さんに貰ったので如何かな、と。」
「ノエルは食ったのか?」
「いえ、まだですが。」
「一緒に食おうぜ。」
「あら、まだ営業時間中ですよ。」
「大丈夫だって、どうせ誰も来ねぇよ。」
「…ひどい人。」

 そう言って器用に片眉を吊り上げてむくれる。しかし彼女ももう客足が無いことが分かっていたのか、ちゃっかり自分の分のカフェラテを持ってくるのだから、可愛いものだ。

「作ってあったのかよ。」
「いつもグレイさんが誘ってくれるじゃないですか。」
「ハハッ、それもそうだな。」

 向かいの席に着いた彼女はグラスを手に取ってはい、とグレイに差し出す。細長い棒を一つ摘まみ上げて口に入れるとサクサクとした食感が小気味よかった。コーティングされたチョコレートが上手く溶けて程よくクッキー生地に合わさる。

「うめぇぞ。ホレ。」

 グラスからもう一つ摘まんで彼女の目前に差し出すと、少しの逡巡の後、かぷ、と口にポッキーが消える。そのままポリポリと食べ進めていく彼女の顔を見てグレイは笑った。

「ハムスターみてェ。」
「誰が頬っぺたぷにぷにですか。」
「んな事言ってねェよ。」

 思わず彼女の頬を摘まんでしまった俺は悪くない。

 そしてそのまま彼女の唇の感触を味わってしまった俺も。







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