第3章 いい夫婦の日
〈ギルダーツの場合〉
「ノエル…。」
「何?」
「悪かったって。」
「…。」
「なァ。」
目の前で情けない顔をして頭を下げる彼は妖精の尻尾の中でも最も強いと言われる魔導士だ。それが今はどうした経緯か無骨な掌を合わせて腰を90度に折り曲げて、ダークブラウンの髪色の女性に必死で許しを乞うている。
「…ギルダーツ、」
「はい。」
「もう、別れましょ。」
「なっ!!ノエル!」
「もう、傷つくのにも疲れちゃったわ。」
そう言って玄関から出て行く女の後姿を、ギルダーツは呆然と見送った。
ノエルと交際していた時からギルダーツは遊び人だった。結婚してからは多少落ち着いては来たが、酒場で飲んだくれて知らない女性に家まで送ってもらうこともあった。決して体の関係にもつれ込んだり、ノエル以外に好意を持ったことはないが、主人が他の女性と楽しそうに酒を煽る姿は気分の良いものではない。
「…クソっ!」
しばらく呆然としていたギルダーツはノエルに甘えてばかりいた自分に悪態を付く。去り際に彼女は泣いていたのだ。ギルダーツに零した疲れたという声は、情けないくらいに震えていた。
外に出ると更に悪いことに雨まで降り出した。ノエルが泣く事など久しく見ていない気がするが、彼女の行先に目星は付いている。
「ノエルッ!!」
2人が最初に出逢った場所で、彼女は泣きながらただ立っていた。ギルダーツを見て、更に逃げようとするが、今度はそれを許さずしっかりと彼女の冷え切った手を捉えて掻き抱く。
「何なの…。」
「すまねェ。お前が、何も言わねェのをいいことに、俺は…。泣かせねェって言ったのに。」
「今度こそ、別れてやるって…思うのに。」
「頼む…。」
「私はもう、貴方が居ないと、ダメなの…。」
捨てないで、と小さく零す彼女は何時も怯えていたのだった。歳を重ねるほどに魅力が無くなっていく自分が怖かったのだ。それなのに、自分はその恐怖心を増やすような真似をした。
「ノエル、俺にはお前だけだ。歳をとっても、何時でも俺の眼にはお前しか映らねェ。絶対に。」
「…本当に?」
「この心臓に誓う。」
ノエルの眼から涙が出なくなったことを確認してそっと誓うようにキスをした。