第21章 大渦の中心で溺れて死ぬ
「いや!変じゃねえよ。っていうか…似合いすぎて、ビックリした。さすがお前のお母さんだな」
「よ、よかった……」
「………………」
「……っ!じ、ジロジロ見てんじゃねーよ!はやく行くぞ!!」
なあ、見るなという方が無理な話だ。
オレのために着てくれた浴衣も、その髪型も、恥ずかしそうな表情も。
少しずつ夕暮れの色に移り変わる空さえ色褪せさせてしまうくらい、だけが鮮やかにオレの目に映る。
「千冬も……似合ってる」
この光景は、泣きたくなるほど綺麗だ。
「すげぇ人…」
「キツかったら言えよ」
「わかってる」
オレらが到着した頃には既に沢山の人で溢れかえっていた。
「みて、あの子…」
「え、やば…!めっちゃかわいい…」
だろうな。
人とすれ違う度に猛烈な視線を受けているが、は一切気にしていない。というか、気付いていない。
いや、それどころではないのだ。
「うわあぁ…!て、テレビで見た通りだ…!!すげぇ…!!」
「ぷ、あっはは!スゲーだろ?」
人混みは相変わらず苦手なようで、オレの浴衣の袖を持ちながら恐る恐ると言った感じで辺りを見回しているが、それでも初めての祭りは新鮮らしい。キョロキョロと忙しなく目線が動いている。
これからも色んなところに連れて行ってやりたいし、初めての事に触れる尊い瞬間に一緒にいたい。きっと、その度にこんな可愛い反応をしてくれるのだろう。
「、手」
「へ?」
「迷子になったら困るだろ?手繋ごうぜ」
「っ…!て、手繋ぐって、そんなッ…」
「何恥ずかしがってんだよ、ほら」
そんな事を言っているオレこそ内心めちゃくちゃ恥ずかしい気持ちでいっぱいだが。夏祭りの雰囲気でゴリ押しだ。
半ばやけになりながら、無理やり手を握る。
は、振りほどかなかった。
「…ほら、これで大丈夫だろ?」
「ッ………」
今触れているこの華奢な手は、細い指先は。
これから世界へと羽ばたく一人の小さなピアニストの最強の武器。
絶対に誰にも傷つけさせぬよう、優しく握った。