第12章 俺のヒーロー
あれから一週間が経とうとしていた。
「くん、音楽室、行こう」
「ああ」
現状は相変わらずだった。
俺が千冬に謝れば、もしかしたらまた前みたいに戻れるかもしれない。でもそうしないのには理由がある。俺が千冬と戻ったら、高木はきっと一人になるだろう。
孤独の辛さは誰よりも知っている。だからこそ、高木を孤独にさせるようなことは出来ない。
それに、千冬は今でもとても楽しそうだ。
やっぱり、俺なんかその程度の存在だったのだ。
「今日は、くんの演奏がききたいな」
「ああ、いいよ。何がいい?」
「じゃあ、"華麗なる大円舞曲"」
「お前ショパン好きなんだな、いいセンスしてる」
華やかで明るい。初めてこいつが俺に聴かせた曲もショパンだが、遺作とはまるで雰囲気の違う曲だ。花の妖精が鍵盤の上を舞うように、軽快に指を踊らせる。
演奏が終わり、高木を見て声をかけようとした。
「ッ…!?」
一気に全身が粟立つ。
いつも柔らかくはにかんでいる高木が、狂気に満ちた悪魔のような目で俺をみていた。
「やっぱり、君は天才だ」
「た、高木…?どうしたんだ…」
「ずるいなあ、僕だって、沢山練習してるのに、本当に…」
「ッ…!」
立ち上がって俺の方に近づいてきた。
怖い。お前、本当に高木か。
やばい。ここにいたら、やばい。なんで急に?
危険だと本能的に感じ取り、弾かれたように音楽室の扉を開けようとした、が、ガチャガチャとドアノブの音が響くばかりで開かない。
「!?高木、何をした!!」
「開かないでしょ、僕が細工したから。
くん、僕は昔から君が大嫌いだった。知ってたよ、君のこと。ずっと昔から。
コンクールで優勝するの、決まっていつも君だもん」
「お前…………」
「僕だって血のにじむような努力をしてる、なのに、なんでいつも君なんだ。君のせいで、僕は、僕は」
「っ、来るな!!」
「お母さんはいつも君の話ばっかりするんだ、君と僕を比べて、君のお母さんを羨ましがってた、酷いよね、僕だって、僕だって、僕を見て、僕を」
「ッ」
ヒュッと喉笛が鳴る。
高木が忍ばせていたコンバットナイフを取り出し近づいてきた。