第13章 forget-me-not(キース)
今日はどんよりと分厚い雲が空を覆っている。じめじめと少し蒸し暑い。少し前まで水色、ピンク、白の綺麗な花を咲かせていた他の花達は最近口数が減っていた。
「暑い……このじめじめした空気、好きじゃないわ。」
「……」
「皆、聞いてるの?」
「……ええ、聞いてるわよ。」
ひらひら、とくしゃくしゃになったピンクの花びらが降ってきた。あんなに輝いていた小さくて可愛らしい花は下を向き、残っている花びらの方が少ない。
ザーッ
突然バケツをひっくり返したような大雨が降ってきた。瞬く間に土が水浸しになり、仲間たちの葉っぱから落ちてきた水滴がぼたぼたと私の葉っぱに当たって音を立てている。大雨の騒音の中から笑い声が浮いて聞えてくる。
「ちょっと降っただけで体が傾くなんて可哀想ねぇ。」
「本当に。根っこが1本しかないんだもの。すぐ倒れちゃうわ。」
さっきまでの元気のなさはどこにいったのだろうか。私は頭も足も水浸しで息ができなくなってきた。このままでは溺れてしまう。動けるなら仲間の足元で雨宿りしたい。中途半端に離れているから雨粒が落ちてくるのだ。
ドタドタと足音がしそうな勢いでふわふわ頭の人がバルコニーに出てきた。
「わあ、もう水でベタベタだ。やっぱり部屋の中には入れられないな。」
ふわふわ頭の人はバッと緑色の傘を広げ、プランターが陰になるように立て掛けてくれた。土はすぐには乾かないが、体に水が落ちてくることはなくなった。
「君はこれによりかかるといい。」
ふわふわ頭の人は緑色の透き通った石を傍に置いてくれた。人の手で加工されたものらしい。綺麗な楕円形をしている。素直に石によりかかると表面はつるつるしていたが、体が軽すぎて滑り落ちることはなかった。雨音のせいか単純におしゃべりしていないのか、周りの仲間たちの声はもう聞えない。
この後、何週間も土砂降りの雨の日がほとんどで、晴れている日の方が少なかった。傘は風で飛ばされそうだからと、室内にプランターを移動させてくれた。仲間たちの声を聴いたのはあの日が最後だった。